Moon
「今日こそ君を捕まえるよ」
余裕の笑みうかべ、
美しい満月に向かってロイ・マスタングがつぶやいた。
時刻は20:15
そろそろ予告通り宝石を盗み出した彼がここを通るだろう。
ロイ・マスタングは毎回華麗に盗み出す彼の実力を認め、
最近では現場ではなく逃走ルートで待ち伏せするようになった。
というのは言い訳で、
単に彼と二人きりになりたいだけだったりする。
おそらく今頃現場では、優秀な副官が悔しがっている頃だろう。
彼女も彼には少し甘くなってしまうようだ。
そう思った矢先、ふわりとした風が吹き視界に綺麗な白がうつった。
「やあ」
自分の中では誰もが見惚れるだろう笑顔で声をかけたのだが、
怪盗は一瞬とても嫌そうな顔をした…気がする。
軽やかな足取りで自分のそばに近寄った彼は、
白のスーツに白いマント、そして右目にはモノクルをつけている。
白いハットから腰の辺りまで流れる金色の髪は月明かりに光って美しい。
それはもうどこぞの宝石よりも美しい。
「今宵もご苦労様です。ロイ・マスタング大佐殿。」
そういって文句の付け所の無い優雅な一礼をしてみせる彼の表情はポーカーフェイスに戻っている。
少しそのことを残念に思うロイだが、彼もまた簡単には表情に出さない。
「今日もハズレのようだね。」
「そのようです。なので、こちらはお返しします。」
怪盗の目当ては1つ。
不老不死が得られるというビッグジュエル・パンドラ。
それ以外の宝石にはこれっぽっちも興味の無い彼はハズレの時にはこうしてきちんと返すのだ。
「手渡ししてくれると嬉しいんだが。」
「 ・・・・・では今夜はこれで」
少し顔を引き攣らせ、早々に退散しようとする怪盗をロイは慌てて引き止める。
落としたら大変じゃないか、傷が、などと必死で言い訳しているが
まったく耳に入ってこない。というか入れない。シャットアウト。
「まっ待ちなさい!!」
スタスタスタスタ・・・・
「聞こえていないのかッ!?」
スタスタスタスタ・・・
「 ・・・・チビ」 ボソッ
「だぁぁぁぁぁれがマイクロ豆粒どチビか!!!!!」
「やっと振り向いてくれたね」
凄い剣幕で振り返った怪盗を無視し、余裕で微笑む。
冷静なときの怪盗は敬語を使うが、
普段は口が悪いのだろう。たまにボロがでる。
それを出させるのがロイの楽しみだったりもする。
「あーーーくそっ」
言葉を崩したことが悔しいのか悪態をつく怪盗の姿はなんとも可愛らしかった。
本人には決して口が裂けても言えないが。
「あんたさ、いい加減俺につきまとうのやめてくれ」
深くため息をこぼしながら、もううんざりだといった感じで言ったが、
ロイはあっさり否定する。
「何を言っているんだ。私は軍人だぞ?君を捕まえる義務がある。」
「だったらさっさと捕まえてみろよ」
一度崩れてしまった言葉は直す気が無いのだろう。
いつもは姿勢もまっすぐ優雅にたたずむ彼だが、今はもう壁に寄りかかっている。
「だが、君は宝石を返したじゃないか。」
「はぁ!!??」
何を言っているんだこの無能大佐は!!
だがロイはさも当然のごとく言い放った。
「何も盗んでいないのでは捕まえられないだろう?」
「うん・・もういい。どうでもいい。
つかまじ帰る。じゃな。」
もう付き合っていられないという顔をしてくるりと背を向けた怪盗に今度は冷静に声をかける。
「 ―――― 。」
「!!!」
怪盗は驚いて振り返った。
するとロイは得意の笑顔ではなく心からの穏やかな笑みを浮かべていた。
一瞬それに見惚れた怪盗だが、すぐに我に返って問いただす。
「どうして・・・・知ってる?」
「私が君の正体に気がついていないとでも思っていたのかい?」
「ッ!!」
「これでも私は優秀でね。」
怪盗は強く手を握り締めた後、
ゆっくりと肩から力を抜き、まっすぐロイを見据えた。
「捕まってやるよ。ただし、俺の周りの人間には手を出すな。」
数秒の沈黙の後に、
ロイはクスクスと口元を隠して笑い出す。
「オイ。」
怪盗の低い声にすまないと返事をするが、
ロイはいまだに笑ったまま。
「君は私の話を聞いていないようだ。
何も盗んでいない君を捕まえないと言っているだろう?」
「だってあんた、俺の正体っ!!」
「私は現行犯しか捕まえないんだよ。」
「・・・・・?」
「エドワード・エルリックを捕まえるつもりはないさ。」
「あんた・・・・・馬鹿だろ・・」
馬鹿かたまにはそれも悪くないな。なんて呟いてまだ少し笑ってる。
なんで正体まで分かってて捕まえねぇんだよ。
馬鹿だよあんた。つか矛盾しすぎだっつの。意味わかんねー…
怪盗が悩んでいると、ロイがゴホンと咳払いをして先ほどの言葉を繰り返す。
「改めて、誕生日おめでとう。」
それは心からのお祝いの言葉だった。
「 …!! サ…ンキュ・・・///」
少し顔が赤くなってうつむいた怪盗の姿を見て、
ロイは満足そうな顔をする。
よく分からない雰囲気に耐えられなくなった怪盗は
ロイに背を向けた。
「・・・じゃっじゃあな!! 」
「ああ。 おやすみ――鋼の」
「///」
今度は引き止めることもなく見送る。
去り際ちらっと盗み見たロイの表情は優しくて心拍数が妙に上がった。
「 (…あれ言うために引き止めたってのかよっ) 」
満月が輝く夜。
何色にも染まらない純白の衣装を身に纏った怪盗は、
今日も夜の闇に消えていく。
ただその顔はうっすらと紅く染まっていた。
「捕まえたよ。」
軍人ロイ・マスタング
怪盗Fullmetal
二人の物語は始まったばかり――――
end--