これが世界か
「例えば地球が侵略されてしまった後の世界。盗賊になってお宝をかき集めてる世界。男が女の子になっちゃう世界。学園ドラマみたいな世界。そしてカエルみたいな宇宙人が我が家に居候しちゃってる世界。他にも、とりとめのない世界から目を背けたくなるような世界までいろいろな世界が存在してるんだよ――冬樹くん」
「じゃあ、この世界はなんなんですか」
愚問だ。そう知りながらもぼくは彼に問う。この世界はなんなのか、ぼくは既に理解している。誰かに教えられたわけではない。本能で、と言うのがいちばん近い気がする。空の色も知らぬ赤ん坊が心臓を収縮するように、肺呼吸をするように、ぼくはこの世界がなんなのかを知ったのだ。
ならばなぜ問うたのかと言うと、その事実を否定して欲しかったからだ。なぜ否定して欲しいのかは分からない。本能と対立しているのだから理性からかもしれない。しかしそれはもう持続させ難いほど弱々しい。
ぼくの心情を知ってか知らずか、彼は目を細めて笑った。「ここはね」
どく、と心臓が弾んだ。
「冬樹くんが俺に恋して俺が冬樹くんに恋する世界。ただそれだけの世界」
(なんだそれ。そんなのあるわけがない。だってぼくたち男同士だし。女の子を好きになったことだってあるし。そんなこと……)
だが頭の中でどんなに否定の言葉を連ねようと、それらを口に出すことはできない。周囲は見渡す限り、家も道路も木も壁も地面も空も何も無く、パステルカラーの靄に包まれている。人間は彼とぼく以外、見当たらない。いまぼくたちは、ぼくと睦実さんは、そんな世界にいるのだ。
「……ここは夢か、幻でしょう。なんにせよここは現実じゃないですよね。現実は軍曹や姉ちゃんやママ達がいる世界です。夢か幻ならいつか覚めます」
「どうでもいいじゃないそんなことー」
それに例えゆめまぼろしでも覚めないよ。そう言うと、彼はぼくの頬に触れた。滑らかで、意外とあたたかくて、でも指先はかすかに冷たい掌。ぼくはこの感触を知っている。それは“あの世界”でいつか触れたのと、同じ掌だった。
ああこれが恋なんだ、と遂に僕は観念して目を閉じた。