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まっさかさまに君

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夜の公園だった。
上京して、気ままなひとり暮らしだけれど、生来臆病で用心深い帝人は無暗に夜の街を歩いたことはない。使う人のいない遊具の影は不気味で、時折聞こえる何かの物音がやけに不安を掻き立てる。ブランコの前の柵に腰かけて落ち着かない様子の帝人を、不審そうにカップルが眺めまわしていく。少し通り過ぎたところで高い笑い声があがって、少年の居心地を更に悪くさせる。もう帰ろう、あと少しの葛藤が半時間ほど続いただろうか。
踊るような足取りで情報屋がやってきた。
「おや?」
「あ…こんば…」
緊張気味に挨拶をと腰を浮かしかけ、口をあけたまま固まった。なぜとて、彼のすました顔に、似合わない派手な痣があったからだ。
赤黒く変色し始めたそれは、すぐに派手に腫れてくるだろう。
「あのっ、それ…」
「ああこれ?ちょっとね」
帝人は慌ててポケットのハンカチを探った。
「あっ、あの、濡らしてきます!」
「ははっ、いいよ別に」
「濡らしてきますから!」
ぎくしゃくと宣言して、走っていく帝人を薄笑いで見送り、情報屋はちいさなブランコに尻を納めた。





「臨也さんは」
腫れた頬を無慈悲に眺めながら帝人が呟いた。
「人間が、きらい、なんでしょう?」
切れた唇が引き連れる痛みに顔をゆがめながら臨也は哂う。
「馬鹿な、オレほど人間を愛している奴はそういないさ。
愚かで、自分勝手で、脆くて、そして時折ひどく単純に美しいじゃないか」
「でもひどいことばかりする」
「それは」
酷薄な薄い唇が血で赤く染まって、白い貌が闇に浮かんで、ぞっとするほどきれいだった。
「踏みにじれば、その中から美しいかけらが見つかるからさ。
そうしなければその美しさを秘めて見せないなんて、人間はなんて慎ましいんだろうね。それはまったく美徳ではないけれどね」
その眼は澄んで、だからこそ狂気を孕んで見えた。
転がり落ちる大石を受け止めきれない、そんな無力が歯痒くて帝人は拳を握る。
「君もオレを殴るのかい?だめだめ、だって君みたいな非力な人間にはオレは捕まらないからさ」
そう、臨也はおそろしくズル賢い頭と、卑劣な論理で人間を試している。
本人は愛だと言い張るけれど、帝人にはそれは物陰から石を投げるような卑怯な行為に見える。たぶん、他の人にとっても。
けれど。
けれど何故だろう、そうして謀略を練っている臨也は、ひどく痛々しくも見えるのだ。
「嫌な顔をするね、君」
己の無力にたとえようもなく絶望する帝人に向って、己こそが嫌な目をして臨也は立ちあがった。帝人は視線をそらせずにそれを見上げる。
いつものへらりとした仮面をはずすと、彼の威圧感は殊更大きくて、反射的に体が竦む。びくり、と揺れた肩を意地悪い目が咎めた。
「所詮さぁ、君みたいな子には無理なんだよ。せめて君のオトモダチの、紀田君?くらいには覚悟がなくちゃさぁ、といっても彼の空回りの覚悟なんか世界の前ではてんで役にもたちやしない訳だけれども、でも君は弱くて弱くて弱くて弱いくせにかないやしないきれいごとばかり並べて自分ではそれを証明もできないくせにもっと自分の無力に絶望すればいいのにバカなのかな?前向きで、君のオトモダチはちゃんと自分の矛盾に失望したのにさ」
「目障りだよ」
その棘だらけの言葉を、静かな眼で受け止めて、帝人は目を閉じた。
絶望も失望も、今こんなに噛みしめているが、目の前の情報屋には伝わりもしない。
一瞬だけ止めた息をゆっくり吐きながら、震える声で囁く。
「あなたは」
「人間を愛したいんですね」
そのどうしようもなく姑息で卑怯で反吐が出るほど人を傷つけるやり方で、
「声高に愛を唱えるのは、自己暗示ですか?」
「愛したいのは、愛されたいから?」
「あなたはまるで」
「愛してくれと叫ぶ子供のようです」
「愛してると、楽しいというあなたは、全然そんな風に見えない」
たどたどしく言葉を紡ぎながら、自分は何様だと思う。けれど、その無責任で無神経な言葉を発することからしか、人は人とつながれない。
「わかるきがするんです」
「オレも、…意気地なしだから」
「でも、」
「それでは誰ともわかりあえない」
帝人の唇が言葉を紡ぐたびに、臨也の肩が震え、ヒステリックな笑いが響く。
それがやはりひどく痛々しくて、帝人は目を伏せた。
伏せた先、臨也の拳が握られている。
暴力はんたーい、と笑う、その理由が、彼と対極に立つ男にあると知っている。彼は、そのもどかしい怒りすら、単純に暴力では晴らせない。なんて面倒にがんじがらめな男なんだろう。
だからその指が怒りに震えながらのばされた時も、帝人は逃げなかった。
暴力ではない暴力が自身の上を通り過ぎても、それを振り切れなかった。
痛みに唇を噛みながら、それでもその背に手を伸ばした時、大きく震えた腕の中のぬくもりが、驚くほど愛しくなった。
いとしいと思える自分を許したかった。
作品名:まっさかさまに君 作家名:篠山