堕ちていく、紅
綺羅星十字団と呼ばれる組織…その本拠地の中枢に当たる部屋に彼はいた。
第一隊エンペラー代表にして綺羅星十字団全てを束ねる『キング』と呼ばれるスタードライバー。
嘗ては…シンドウスガタと呼ばれた少年。
一見して高価なものであるとわかるソファーに優雅に腰掛けた彼の手元。
カラン…と音を立てて空のワイングラスに落とされたのは紅い鉱物(いし)。
コランダムという無色透明な鉱物にクロムという物質が微量に混ざる事により、紅い輝きを放つようになったそれは…ルビーと呼ばれる宝石の一種。その中でも最上級とされる…ピジョン・ブラッド。
再度ワイングラスが音を立て、ルビーの隣に青い鉱物が一つ、落とされた。
ルビーと同じ、コランダムに他の物質が混ざり青い輝きを放つそれは…サファイアと呼ばれる宝石。
一般的には青い色のだと認識されてるこの石だが…実はルビー以外のコランダムはすべてこのサファイアの中に分類される。
様々な輝きを持つ鉱物、コランダムの中でも何故紅いものだけが特別にルビーと呼ばれているのか。
それはその存在自体が特別だからだ。
本来、コランダムが形成される地質にクロムは存在していない。
それ故、ルビーはあり得ない…奇跡の宝石と呼ばれるのだ。
存在する事自体が奇跡の宝石(いし)。
それはまるで、彼の存在そのもののよう。
燃え盛る炎のように鮮やかな紅を宿した最高級のルビー、ピジョン・ブラッドのような瞳を持つ、少年。
今はもう、どこにもいない銀河美少年タウバーン。
彼を喪った事を哀しいと思わないわけではないのだけれど…それと引き換えに、『キング』が手に入れた…のは。
先程二つの宝石を落とし入れたグラスの中から紅い宝石を取り出し、無造作に放り投げる。
変わってグラスに落とされたのはほんの少し、暗く沈んだ紅い宝石。
鮮やかなルビーの紅が、サファイアの蒼に侵食され輝きを沈ませた紅に変化したその色は…燃え盛る炎を思わせるピジョン・ブラッドと違い、まるで闇の中でも鮮やかに目に映る血を思わせる紅。
一種怪しくもあるその紅はある意味炎の紅よりも美しい。
カチャリとドアの掛け金を回す音がして、部屋の鍵が外された。
部屋の主であるキング以外にこの部屋の鍵を持っている人物は唯一人。
「…キング。もう戻ってたんですか」
「ああ、お前は遅かったな」
重厚な作りのドアを開けて部屋に入って来たのは漆黒の衣服を身に纏った一人の少年。
第一隊エンペラー所属「ナイト」
キング唯一の直属の絶対にして忠実な僕。
そして…唯一無二の半身。
「すいません。ちょっと野暮用を片づけていたもので」
カツカツと靴音を響かせ傍へとやって来た少年…ナイトの腕を掴み、自分へと向かい引き寄せると、その拍子にフワリと紅い癖のある髪が揺れた。
「キング?」
腰かけたままのキングの上、覆いかぶさるような状態のナイトの衣服から、微かに香る嗅ぎ慣れた臭いに…思わず眉根を寄せた。
「…血の臭いがする」
「ここには、まだ僕を認めない奴らも大勢いるから」
まぁついこの間までの僕は、最大の敵たったわけだから仕方ないですけどね…と肩を竦めて苦笑する。
まだこの組織に所属して間もない彼は、時折こんな風に団員達から因縁をつけられる事があり、その度にこうやって相手を完膚なきまでに叩きのめして自分の力を示しているらしい。
因縁をつけられる理由は彼一人が『キング』の傍にいる事に対する不満や嫉妬などが多いらしいが…中には彼に魅せられ、彼自身を手に入れたいと渇望している団員達もいる事に彼は気づいていない。
(自分に向けられる感情に対して鈍感なのは今も昔も変わらないのか)
フウ…とため息を一つ吐いて、キングはナイトに問いかける。
「怪我は?」
「ありません。返り血ですよ。相手も適度に痛めつけただけで命までは奪ってませんから安心してください」
それにしてもほんの少しなのに良く気づきましたね…と言うナイトは純粋に感心しているようだ。
「優しいな…お前は」
「…優しくなんかないです。彼らもまた、貴方の願いを叶える為に必要な人材ですから…」
だから生かしておいただけですよ…と。
深い深い深淵の紅い瞳で、少年は無邪気に笑う。
無邪気で…そのくせ引き込まれそうなほど深い闇を秘めた瞳はゾクリとするほど怪しく艶めいて見えて…キングを誘う。
湧き上がる情動に逆らう事無く、スルリと背筋を撫で下ろし腰を引き寄せれば…それだけで敏感な身体はピクリと反応を返した。
「ねぇキング。『僕』を呼んで?」
どこか幼い口調で少年は言葉を綴る。
あの頃では考えられない甘く強請る様な声。
彼をそうしたのが自分だと思うと、言い様の無い暗い歓喜が体中を駆け巡る。
「…呼んで欲しければお前も『僕』を呼べ」
耳元で囁けばそれだけで感じたのか、はぁ…と熱い息を吐いて…キングの望みどおりの言葉を紡いだ。
「ねぇスガタ。『僕』を呼んでよ」
その言葉にキング…スガタはクスリと笑みを漏らし、腰にまわした腕の力を強める。
「おいで、タクト」
そうして望み通りに名を呼べば、嘗て銀河美少年と呼ばれた少年…ツナシ・タクトはフワリと嬉しそうに微笑み、自らの腕をスガタの首に回すと…その口唇に薄く開いた自分のそれを重ね合わせた。
FIN