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good morning,brother!

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志摩柔造の朝は早い。
ただでさえ早い仏門の朝よりも、もうすこしだけ、早いのだ。
当番が鐘を鳴らし始める頃合いに、東山からのぼる朝日がとろとろと京の街を乳白色に染める頃合いに、彼は既に日課のランニングを終えて、志摩の母屋の台所で、届いたばかりのつめたい瓶牛乳を飲んでいる。
毎朝志摩家に五つ届くそれらを冷蔵庫に仕舞い、そしてついでにひとつを飲み干すのは、なんとなく二十五年間でしみついた彼の朝の仕事であった。
東向きにつけられている台所のちいさな窓のむこうではちらちらと散りかけの桜がひかり、やわらかい日差しは銀色のシンクをきらきらと照らしていた。うららかな春の朝だ。
彼が出かけるころに起きてきた母親は、すでに虎屋の方へ手伝いへと出かけている。もう少ししたら、着替えてそちらへ朝飯を食べにいこうと、空になった瓶をシンクの中へ置いたおなじくらいに、ただいまぁとねむたい声が後ろからきこえた。

「ただいまぁちゃうやろ、今何時やと思うとるん」
「柔兄あいかわらず早起きやねぇ」

振り返ると、昨晩出かけたときと同じ格好をした金造が立っていたので、柔造は呆れる。つい5か月ほど前に成人を迎えた四男は、最近しばしば朝帰りを繰り返している。もちろん立場上それは彼が休みを二日分とれた時に限るけれど。
成人とはいえ、男とはいえ、それでも柔造にとって金造は五つ離れた血の繋がる弟だったので、自由にさせてやりたい反面、まだ子供のくせにと思ってしまうところがあった。鷹揚に構えている振りをして、家族が関われば彼のそれは、ほんのすこしだけ、傍目にはわからない程に崩れてしまう。五つ離れた四男に対してさえこうなのだから、十も離れた末の弟に対してはもう言葉を並べる間でもなく。
坊と一緒に正十字学園に行くと、五男が家族に告げた時、坊をしっかり守りぃやと送り出す内心めちゃくちゃ心配した揚句、ちゃんと一日一回は連絡をいれるようにと念を押し、なんやきしょいわと言われたのも、実は柔造なのである。もちろんそんな生意気な五男に彼は愛情こめた一発をかましたのだけれど。
金造は次男の心情を知ってか知らずか、ひょうひょうと冷蔵庫から瓶牛乳を取り出してフィルムをはがす。

「ライブあったらしゃーないんやって。終わるん十時とかで、そっから打ち上げとかするんやもん」
「・・・まあええけど、あんまりはめ外すようなことはしたらあかんで」
「だーいじょーぶやってー」

ぐっと金造が牛乳を喉に流す。柔造はシンクに背を預けたまま、腕を組んでその様子を眺めていた。背中に陽があたってすこしぬくい。だけど指の先はすこし冷えている。
金造の喉が音を出す以外、なにも物音がしないこの家はとても静かだ。
母親の子を起こす声も、父親の新聞をめくる音も、廉造が慌てて起きてきて家中かけめぐる音も、それに対してやかましいって怒鳴る金造の声も、女子たちの朝のワイドショーできゃあきゃあ言う声も、なにもない空間だった。
まだ廉造がおった時は、やかましかったのになあ。牛乳屋がサービスでくれるコーヒー牛乳をめぐってムキになる五男も、今は東にいるのだ。金造は牛乳を半分残したまま、瓶から口を離した。

「柔兄、今日早番なん?」
「おお」
「いつも通りに帰ってくるん?」
「なんもトラブルがおこらんかったらな」
「ほな、晩ご飯一緒に食べよな」

にいっと笑って、半分残っている牛乳を飲み干そうと金造がまた首をあげる。ちかりと彼の耳元が光る。陽射しをあつめて、反射する金造のピアスのひかりに、柔造はすこし目を細めた。また穴を増やしたなこのドアホ。
仕事柄、彼らに定時というものはない。朝八時に出張所に行こうが、不定に現れる悪魔達のせいで家に帰りつくのは夜の十一時であることも、日をまたぐことさえもざらにある。それでもこの四男はちゃんと待っていてくれるのだろうと、柔造は思う。こりゃ意地でも帰らんとあかんなあ。
ことんと、金造がシンクの中に空瓶を置く。

「ほな、俺はすこし寝ますわー」
「ええ加減の時間に起きぃや」
「へーい」

手をひらひらふりながら、金造は台所から出ていく。柔造もそろそろ着替えな、とシンクに寄りかかっていた体を立たせる。そしてふと冷蔵庫の中身を思い出した。
先ほど牛乳を仕舞うときに彼が目にしたのは、五本のコーヒー牛乳であった。結局いつ五男が帰ってきてもいいようになんて言って、みんながコーヒー牛乳を残しておくのだから、志摩家の冷蔵庫には、ただただそれは残るばかりなのだ。

「・・・もうそろそろ飲まなあかんよなあ」

ひとりごちて柔造は考える。仕事が終わって、飯を食べたら風呂上りに四男と飲むのも悪くない。一度首を左右に傾かせた。ごきっと小気味いい音がなる。今日も一日、がんばらななあ。
シンクの中では空の牛乳瓶がふたつ並んでいる。水滴がつとつとついたそれを、四月の陽射しが少しずつあたためていく。ぽたんと蛇口から水がひとつ落ちた。だれも返事をしない。ただ静かな、春の朝だった。
作品名:good morning,brother! 作家名:萩子