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黒鷲、急降下。

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俺とあいつが出会ったのは1941年のクレタ島侵攻の時だった。
 若い、確か24,5のあいつは牛乳を飲みながら男泣きに泣いていたので、俺は思わず

「……おい、お前どうしたんだよ」

 そう、声をかけた。そいつは俺を見て一瞬怪訝そうな顔をしたが、『国家殿』の容姿を上官から聞いていたのか顔色を変えて、椅子を蹴って立ち上がり敬礼をした。

「こ、国家殿!」
「あー、国家殿はやめてくれ。隣いいか?」

 その時の俺はGeneraloberst――――上級大将だったので、階級的には下っ端と仲良くお話なんて考えられない行動だったらしく、ここに駐屯している高官から大変受けが悪かった。

「はっ! 光栄であります!」
「お前名前は?」

 俺はそいつの隣に座りつつ、そいつにも腰を下ろすよう合図した。
 当時の俺は名前、『自分の個人の名前』なんてのを教える人間はいなかったが何となくこいつには教える気になった。

「ハンス・ウルリッヒ・ルーデルと申します」
「俺のな、個人の名前はギルベルト・バイルシュミットってんだ。よろしくな」

 笑って手を差し出すとどぎまぎとした様子で俺の手を握った。自分と同じ、血が通った温かさにそいつ――――ハンスは安心して笑った。

 ハンスは周囲と打ち解けず、上官との折り合いが悪く技量未熟だと決めつけられ、度重なる意見具申にもかかわらず戦闘には参加させてもらえなかったと語った。
 …………どうでもいいが牛乳飲みすぎじゃねぇか? 腹壊さねぇのそれ? と思ったがハンスは平然として牛乳を飲み続けている。

「ギルベルト殿! 冷え切った鋼鉄のように冷酷になり、灼熱の戦場において一切の慈悲は示すなと! 私は……っ! 私は、上官に向かってそれを実行したい!!!」
「落ち着け。牛乳飲んで落ち着け」
「…………私は飛行機学校を志しました。しかし姉が名門学校に入学してそっちの学費で手一杯の実家に、そんな余裕は無かった。大人しく諦めて、体操の教師になろうかと思っていたのです。ですが諦めきれず、ビルトパーク・ウェルター軍学校に入学しました」

 …………そこってすんげえ倍率じゃなかったか? 100倍かそこらだったぞ。

「戦闘機乗りを目指したのですが、噂を丸飲みにしてしまい……スツーカ隊に配属になりました。しかし」

 そこで言葉を切ったハンスの目に俺はぞくりと背筋に何かが走ったのを感じた。空に、飛ぶことに取り憑かれた、純粋で恐ろしく美しい瞳。

「乗ってわかったのです。これが私の天職だと…………!」
「スツーカが?」
「はい。わたしにはあれしか有り得ません」

 そう断言した奴は、後にとんでもないモノへと成長していく。
――――――――空の魔王、その人へと。

作品名:黒鷲、急降下。 作家名:蒼月 冴