未来へ
そう、あの日も冷たい風が吹いていた。
「正臣」
優しげな彼女の声。
彼女に「正臣」と呼んでもらえると、
正臣という名に生まれてきてよかったなんて思ったりもする。
「沙樹。待っててくれたのか」
中学校の正門前。
授業が終わって早々に校舎から出ると沙樹がいた。
ショートカットの髪の毛を風になびかせ、
寒そうに首をすくめながら手を振っている。
「おかえり、正臣。学校どうだった?」
「どうだった?って言われても。体育と国語しか起きてないからな」
「アハハ。悪い子だね」
「うっせえ。それはともかくなんでここにいんの?」
「えー、正臣に早く会いたかったからだよ?」
優しく微笑みながら言う沙樹。
・・・いとおしい。その言葉、反則だろ。
ギュッと抱きしめたくなるのを必死にこらえ、
いつものようにバカにした目で沙樹を見る。
「本当かよ。まっ、沙樹は暇人だしな」
「正臣に暇人とか言われたくないよー」
そう言って沙樹は俺の腕を軽く叩いた。
その手は寒さからか少しふるえていた。
鼻も少し赤くなっている。
「沙樹。寒いだろ」
俺の首に巻いていたマフラーを沙樹の首に巻く。
すると沙樹はなぜだか一層ふるえだした。
「え!?沙樹?どうした?」
思わず肩を掴んで顔を覗き込む。
すると彼女の瞳には涙が溜まっていて、
その涙は今にも零れ落ちてきそうだった。
「沙樹・・・」
何か言おうと思うのに、言葉が出てこない。
いつもみたいに軽口をたたけばいい。
ただそれだけなのに。
「・・・正臣、好きだよ」
小さな声で沙樹は言った。
「なんだよ、急に」
「んー、言いたくなっただけだよ。
私はこれから何があっても正臣が好き。
それだけは忘れないで」
俺のマフラーに顔をうずめ、沙樹はつぶやく。
小さな声で、それでいてしっかりと言葉を紡いだ。
・・・俺も沙樹のことが好きだ。
この気持ちは今まで付き合った女の子たちに対してとは
比べ物にならないほど強くて大きなものだ。
だけど、なぜかこのとき俺は不安になった。
この先何が起こるのか。
俺には何もわからなかった・・・。
だからあのときの俺は沙樹の気持ちに気づかず、
「わかった」と答えて手をつないで二人で俺の家へ帰った。
翌日、沙樹は・・・。
沙樹の涙とあの言葉。
あの頃の俺にはそのすべてを受け止められる力がなかった。
沙樹のすべてを理解していなかった。
だけど、今は違うはずだ。
帝人や杏里と出逢って、自分の過去ともケリをつけて、
俺はきっと前よりも強くなったはずだ。
沙樹と向き合うために・・・。
俺の中で沙樹のいる場所はもう過去じゃない。
今この瞬間を共に過ごしている。
俺はもう沙樹を離したりなんかしないんだ。
俺は沙樹と一緒に未来へと歩んでいくんだ。
沙樹、愛してるよ。