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ラボ@ゆっくりのんびり
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幸せの小路

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 目の前でにこにこと笑って靴を履いている小さなふたつの存在を見ながら、イギリスはもう何度目かのため息を吐いた。短い指が靴紐でちょうちょを作っていくのを見ながら口を開こうとするのと同時に、ぴょこんと跳ねた金色の癖毛を揺らしながら片方の子どもがイギリスを見上げた。


「いぎりちゅ、何をしんぱいしてるのかわかんないけど、何もしんぱいいらないんだぞ!」


 まるで太陽のような笑みをその顔中に綻ばせながらアメリカが自信満々といった様子で舌足らずに言葉を紡ぐと、それに呼応するように隣に立つカナダも言葉を続けた。


「あの、くらいところとか、こわいところにはいきませんから、だいじょうぶです。いぎりすさんも、ふらんすさんも、しんぱいしないでください」


 だから心配は無用だと、おずおずとした様子でそう言ったカナダを見ながら、イギリスは自分を見上げる四つの瞳をもう一度正面から見つめなおした。どの瞳にも怯えた光などは見当たらず、むしろ冒険を前にわくわくしている様子が垣間見えた。
 そもそも事の発端は、わんぱくなアメリカがカナダと二人だけでピクニックに行きたいと願ったことからだった。
 双子のような存在である二人はいつもどんなときもどこへ行くにも一緒だった。しかしまだ小さな二人だけで何かをさせることはとても心配だった所為もあり、いつもそこにはイギリスやフランスが一緒にいた。その庇護の下から離れてみたいと願ったのだ。
 もちろんイギリスはすぐにそれを反対した。ピクニックの最終目的地は家から少し離れた丘だ。その丘へいくには小さな森を通っていかなければならない。小さな森で、しかも太陽が真上に昇っている真昼では何かが起こるほうが可笑しいとは分かっていたが、それでも心配の種は尽きなかった。もし偶然野犬に出くわしたら? もし道を外して丘への道はおろか家へ帰ってくる道すら分からなくなったら? ──そう考えると簡単に送り出してはやれなかった。過保護といわれればそれまでだが、二人はまだまだ幼い。可愛い子には旅をさせろという言葉もあるし、その言葉の意味も分かってはいたが、もうすこし大きくなったらその背を押してあげようと思っていた。
 けれどどれだけ反対しても二人は首を縦には振らなかった。ずるがしこい大人の言葉で言いくるめようとしても決して考えを曲げようとしないその意思の強さはこんな場面でなければ誉めてあげたいほどのものだった。その強い意思の前で先にそれに折れたのはフランスだった。


「……ま、心配は心配だけどさ。丘まで一本道だろ? 迷う方が可笑しいよ」

「でも“もしも”ってこともあるだろうが。それに変な動物とか出てきたらどうするんだよ」

「俺に言わせれば変な動物はあの森よりもむしろお前の周りにいるよ。それにさ、お前があいつらくらいのとき、一人でどんなとこでも行ってたし挑戦してたじゃねぇか」

「それは、」

「信じてやろうぜ。あいつらはきっと俺らが思うほど子どもじゃないんだよ」


 二人が寝静まったあとにフランスが柔らかな声でイギリスを諭してきてしまったら、もうイギリスも反対の声をあげ続けるわけにはいかなかった。翌日になり、根気よく同じ言葉をまた繰り返したアメリカにようやく渋々と言った様子で首を縦に振るって見せると、アメリカとカナダはもとよりフランスも嬉しそうに顔を綻ばせた。やったぁ、と嬉しそうな声を上げた二人を見つめながらそれでもやはり心配の種は拭いきれなかった。
 そうして今に至る。もう数え切れないほどの嘆息を、今度は観念したように吐いたイギリスの背に声が掛かった。


「いい加減認めてやれって。ほらお前ら、外は寒いからこれ付けて行けよ」

「てぶくろだ!」

「そう、ミトン。しかもお兄さんお手製だぜ」


 ウィンクしながらフランスが言うとアメリカとカナダが同時に歓声を上げた。小さな両手をミトンに包み込みながらにこにこと笑う二人の姿を見て思わずイギリスの顔が緩んだ。ミトンに包んだ手のひらをぎゅっと握りしめたあとアメリカが口を開く。


「それじゃ、いってくるんだぞ!」

「おやつまでにはかえってきます」


 アメリカはピンク色の、カナダはオレンジ色のミトンをそれぞれ付けながら手を振った。行ってらっしゃい、と屈託なく手を振ったのはフランスだった。心配の気持ちが拭えないまま納得が行かないイギリスを小さな二人が不安そうに見上げる。ほら、とフランスの肘がイギリスの肘を突いてからとうとう観念したように片手を挙げると、大袈裟なくらいに二人が嬉しそうに笑うから自然とイギリスの口唇にも笑みが浮かんだ。小さな手を繋ぎながら二人が扉に手をかけたその背に向かって素直に「行ってこい」が言えないのが悔しかった。
 いってきます、と甲高い声の残響が玄関に残っていたがバタンと閉まった扉の音に掻き消されてしまった。はぁぁ、とまたため息を吐くとフランスが苦笑しながらイギリスの頭の上に手のひらを乗せた。


「信じてやれよ」

「信じてる。ただ心配なだけだ」

「あいつらなら大丈夫だって。なんたってお前の弟なんだからさ」


 な、とイギリスの顔を覗き込んでくるフランスに無言で頷く。それだけで分かったようにフランスは満足げに笑ったあと、一瞬だけ触れるキスをイギリスの口唇に落とした。
 口唇に触れた感覚がなくなるより前にフランスがイギリスの名を呼びながらキッチンへ向かっていく。なぁイギリス。そう呼ぶ声はどこか楽しそうだった。怪訝に思いながら振り返ると、肩越しにイギリスを見つめるフランスの瞳が楽しそうに細められていた。


「おやつは俺が作るから、お前はとびきり美味い紅茶を水筒に淹れといて」

「水筒に?」

「そ。せっかくだからさ、俺達もピクニックしようぜ。お菓子とお茶持って、丘まで。“もしかしたら”“偶然”あいつらに逢うかもしれないけど、そうしたら一緒にティータイムを楽しもう」


 最後まで言い終えてからイギリスを振り返ったフランスの顔中には、悪戯が成功するかどうかを見守る子どものような笑顔がいっぱいに貼り付けてあった。最初からそのつもりだったのか、と、湧き上がる晴れやかな気持ちを覚えながら問うてもフランスは笑顔でそれをはぐらかすだけだった。
 天高く透き通る空が窓の向こうに見える。あの空を眺めながら、どんな紅茶ならば一番美味しいだろうと思いながら、イギリスはフランスのあとを追ってキッチンへ向かった。