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この手を離さない

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「今日は端っこまで行ってみよう」
 朝食の席で突然言い出したあと、しばらく隣がごねるのを宥めて、視線が向けられる。
「じゃ、クロードは用意してね」
 そういうことになった。

*

「だって、庭付きの屋敷がひとつだけぽつんと立ってる、ってのはどう考えてもありえないでしょ?少なくともおれには地平線の先は見えないよ。風は吹くし、雨も降るし、クロードは普通に料理を作ってるから材料もあるんだろうしさ。探検ごっこならルカにつきあって何度もしてるけど、そこまでの遠出にはならない。だから今日、思い出した先から言い出してみた。じゃないといつまでもきっかけが掴めそうにないし、どうせ暇だし、ね……聞いてる?クロード」
「ええ」
「嘘っぽいなあ」
「……出来ましたよ」
「おっ」
 バスケットを持ち上げて何度か揺らす仕草。細い指が行儀悪くも早くも鍵をこじ開け、ごまかすために気をひこうと見上げる目が細められる仕草。いつもの外出着はキッチンの壁の、高い位置にある小さな窓から挿し込む一条の光を浴びてすら重たげに見えたので、もうそろそろ衣替えの準備をしなければと思案した。
「んー、でもこれだとただのピクニックだよね」
「はい?」
 ふたたび鍵がかけられ、背中に隠した籠を押しのけて目を伏せる。
「せっかくおでかけ、逢引みたいな感じにしてみたいな」
「逢引、というのは男女が人目を避けて密会することでよろしかったでしょうか」
「それでよろしい。ちなみに一般的には愛しあう男女、ね」
「……どこからそんな言葉を覚えたんです」
「クロード」
 すぐに拗ねた表情で胸もとをつつかれた。
「自覚がないって怖いね」
「と言いますと」
「説明するのめんどくさいからいいよ」
 ていうかそんなことをおれの口から言わせようとするのがどうかしてるんだよだの説明するつもりなんてないくせにこっちに説明させないでよだのこれで惚けてるわけじゃないっていうから性質が悪いよねだのと小声でのぶつぶつがしばし続いたのちに、シャツの合わせ目を掴まれたので視線を合わせるように屈んでやる。と、またもや人差し指を付きつけられる。
「とにかく!とにかく、おれはそういう……逢引らしいことを今日はしてみたいんだよ」
 早口で言ってしまってから顔をわざとらしくそらされたものの、ともあれ命令は命令としての形を得た。途端に頭がはたらき出した。
(愛しあう男女……つまり恋仲、か)
「かしこまりました」
「ちょっと待って。なんだか怪しいんだけど、クロードほんとに分かってる?」
「勿論です。さ、お手を」
「……ん」
 すこしばかりの震えを伴ってゆっくり差し出された手に形式的に触れ、そのまま肩口へと伸ばす。
「ん?」
 もう片方の手は自然と膝裏へ回される。
「ひゃっ」
 つまり、慣れきった格好。
「ちょ、クロードっ?!」
 抱き上げたまま踵を返して目指す先は、2階の寝室へ続く階段――
「この、すかぽんたんがぁあっ!!!」
 顎に入れられた拳は兎も角、暴れまわった足がたまたま頭に当たったのはそれなりに効いた。それで仰け反った隙にひょいと飛び降りてしまった身体に触れる暇もなく階段の手摺を使って逃げられてしまう。
 追いつけなかったのは、あまりの意外さに呆然としてしまったからだ。逢引だの恋仲だのと自分から言い出したくせに何故こうなったのだろう。彼岸にいてすらときどき分からない人間というものに思わず漏れたため息を払ってから仕方なくだましだまし気配を追っていけば、これまた意外な場所、キッチンの端でバスケットを抱えた姿が見つかった。作業台に腰かけて足をぶらつかせて、唇を尖らせている。
「クロード」
「はい」
「お前、短絡的過ぎ」
「ですが、逢引と仰ったのは旦那様で、」
「だからってなんであっちの方向に行くのさ!」
「旦那様」
「知らないっ」
 わざとらしく言い捨てたあとで降りる沈黙を打ち破れずに呆けていると、やがて小さな咳払いが。
「手を」
 と漏れる呟き。
「手を繋ぐだけでいいのに」
 けれど自信は持てなかった。先程の行き違い同様、手を繋ぐ、ということがほんとうに望まれているのかが分からない。
 けれど命令には従わなければ、と条件反射で差し出した手の甲にはすぐさま指が添えられた。爪はラウンド型、短めに切ってあるので感触はあまりない。だからそのまま眺めていると、形をなぞるように這わされて、そのまま頬に押し付けられるように持ち上げられた。
「ん、これでよし」
「先ほどと何が違うのかがよく分かりませんが」
「分からないの?」
「教えていただけませんでしょうか」
「んー、どうしようっかな」
 何を待っているのか降ろされた瞼を一瞬だけ親指で撫でると、頬がぴくぴく動くのが伝わって、
「くすぐったいよ、クロード」
「ええ」
 離すのもおかしいように思えたのでそのまま持ち上げた手をどうするかもう一度迷ったけれど、最後には握ってしまうしかないと分かった。手を繋ぐような格好――いや、手を繋いで、空いた方の手に忘れずに差し出されたバスケットを持ち上げ、笑う少年に引かれて歩き出す。一方で細い指はまだどこか戸惑っているようで、触れ合っているとはいうものの今にも崩れそうな隙間がてのひらとてのひらの間に残されていたから、自然とこの、爪の先ほどしかないのに何故か長く思われる距離を縮めるために包みこむような形になる。
「では、出発しましょうか」
「……もう歩き出してるんだけど」
 あまりにも小さな手で、力を込めればすぐにでも折れてしまうと知っている指だった。これほどにまで脆いものを守らなければならないことが理不尽だと思われるほどに。
 それでも握っていたかったのだけれど。
「ね、クロード」
「なんでしょうか」
「さっきの答えは――」
 答えは、ね。
 背伸びとつま先立ちで、耳元に唇が寄せられる。
「つまり、好きってこと」

*

 結局ばたばたが終わったころにはもう昼過ぎになっていたから、バスケットを開いて昼食を摂り、出た庭をそのまま一周するだけのいつものピクニックに終わった。
 手は最後まで繋いでいた。
作品名:この手を離さない 作家名:しもてぃ