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第三者視点における彼の話

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急な雷雨から逃れようと駆け込んだ無人のあばら屋で、行きずりの男と一晩語り明かしたことがあった。

先客の男も自分と同じく旅人のようで、年の頃は二十をいくつか過ぎた位か、
全身くたびれた服を着ていたが、痛いくらいに澄んだ紫水晶の瞳がやけに印象的だった。

あまり自分のことは語ろうとはしない男だった。
幼い頃に生き別れになった妹を探している途中だと言っていた。
自分は風の都の出身で、今は気の向くまま方々を旅していると言ったら、「自分も一時期そこにいた」と、どこか皮肉げに返された。

話の種は主にこちらの旅先での出来事ばかりだったが、
彼がふとした折にぽつりぽつりと、件の妹や妹とともにはぐれてしまった友人、数年前に別れた師とあおいでいた老人のことを話すのがどうにも耳に心地よかった。

しかし、
彼の話を聞いているうちに、胸の中にわずかなズレを感じるようになった。
不快ではない、どこもおかしくないはずなのにどこか妙な…違和感を感じることが幾度か過ぎ、
やがてそれが、彼が妹の話をするときだけだと気づいた。

こちらがしゃべる量に対して彼の口数は絶対的に少なかったが、
その中でも妹のことを語るときだけ、他よりほんの少しだけ多弁になるように思った。

妹を探す手がかりは何もないと言っていたが、
それでも彼は再会を信じて疑っていないようだった。
苦心しておこした小さな火を見つめながら、彼は独り言のようにつぶやいた。

「必ずまた出会える。必ず…」

ミーシャ。

外から聞こえる雨音に負けそうな程のわずかな声量で、彼の唇がおそらく妹の名であろう音を形作ったとき、胸に感じていた違和感がじわりと輪郭を描いていく気がした。

妹と言ってはいるが、この男はまるで―――――

「…まるで、恋人みたいに呼ぶんだな」

思わずそうつぶやいていた。
彼はそれには答えず、ただ形の良い唇をゆがめた。

***

雨は夜中のうちに止み、日が昇るのを待ってあばら屋を出た。
お互い名乗ることも再会を約束することもなく、ただ息災で、と別れた。

数年後、紫狼将軍と呼ばれる男が風の都の奴隷たちを束ね、バルバロイと共謀しアルカディアへ攻め入ったらしいという噂を聞いた。

ふと、あのときの彼は妹と無事会えただろうかと考えた。



死人戦争の始まるほんの少し前の話。
作品名:第三者視点における彼の話 作家名:halya