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ラボ@ゆっくりのんびり
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Apple and Cinnnamon

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 雨が降る度に頭が鈍く痛む。雨は嫌いだ。というのにこの国は雨が多い。しとしとと、時にザアザアと降り頻る雨音を聞くたびに、頭だけでなく胸の奥に隠された柔らかな部分までもが痛みを訴え始める。
 そんな日はもう何もする気が起きない。柔らかく温かなベッドに隠れるように潜り込みながら早く雨雲が去ってくれるよう、それだけを考えていた。その他には何も考えないように、思い出さないように、ただ早く雨が止むよう、それだけを。
 雨が降る度に必ず来客する人物をも放ってただ目を閉じる。けれどその人物はイギリスを放っておいてくれるほど優しくはない。ただ一人でじっとしていたいイギリスにとって、雨が降るたびに駆けつけるフランスはただ邪魔でしかなかった。それがフランスなりの優しさだと気付いていてもそれに簡単に甘えられない。


「おまえさ、いつまでも引き摺ってんじゃねえよ」

「…………」

「毎度様子を見に来るお兄さんの身にもなれよな。ユーロスターだって安くないのよ?」

「………来てくれなんて、いつ俺が頼んだよ」


 温められたりんごとシナモンの香りがベッドの隙間から入り込む。フランスは雨の日にイギリスの家に来るたび、彼の家のキッチンを占拠し何かしらの料理だったり菓子だったりを作る。そして何をする気も起きないイギリスに、半ば無理やりのようにそれらを食させる。例えばそれらが不味ければ唾と一緒に吐きつけてやるが、フランスの手先から作り出されるものは悔しいことにすべてが美味い。手入れの行き届いた指先が魔法を繰り出しているかのようにイギリスには感じられた。今もシナモンも香りがイギリスの心を微かに浮かび上がらせていた。けれどベッドの中から出るまでではない。ぎゅっと目を閉じて、シナモンの香りを鼻で楽しみながら、そのまま夢の中へ逃げ込むことが出来はしないかと模索していた。


「イギリス」


 幾分か低くなったフランスの声が耳に入った直後、イギリスの潜っているベッドがぎしりと音を立てた。暗闇の中でゆっくり目を開ける。音が鳴った場所からゆっくりと温もりが伝わった。掛け布団越しに手のひらが載せられる。ちょうどイギリスの頭の部分だった。その手のひらがゆっくりと動く。愛撫のようなそれでなく、泣いた子どもを諭す母親のように、温かくそして柔らかかった。大きな手のひらが湛えている温もりは、かつて小さく柔らかだったあの手のひらにあった温もりと同じだった。イギリス、と舌の回らない口調で名を呼ばれ、ぱたぱたと軽い足音を立てながら走って近寄ってくる。その身体を抱き上げれば嬉しそうに首に手を回し、しがみ付いてきた力強さを今でも覚えている。溢れんばかりの笑顔を向けられ、大きな信頼と愛情と尊敬の念を沢山送られた。りんごとシナモンのように相性が抜群だと疑わなかった。何と引き換えにしてもいいと思っていた。あの小さな存在を守れるならば他の何を失っても後悔しないと信じていた。
 ───あいつ以外は、なにもいらなかった。
 アメリカの温もりと変わらないフランスの温もりが相変わらずイギリスの頭を撫でる。目を閉じながらそれを感じていると、じんわりと涙が滲んできた。


「アップルパイ、焼けたよ。バニラのジェラート乗せて一緒に食おう」


 フランスの声が優しく響いた。ベッドの中で頷きながら、それでも簡単には出て行くことが出来なかった。