神様のいない所
シーナはキリンジを握りしめる。戦場に出てしまえば、自分の味方は剣だけなのだ。握りしめ、振り上げる。怒号と鮮血が曇天に届いた。今更だった。戦争を嘆くには世界を知りすぎたし、覆そうとするにはなにもかもが足りなかった。再び剣を振る。相手の腕関節に入り、持ち上げる時弾けるように飛んだ。これでしばらくは立ち上がれまい。のたうち回る敵にとどめは刺さず、シーナは走り出す。直接ハイランドへの恨みはないが、これも縁だった。仕方ない。そう密かに息をついたとき、背後がぞくりと戦慄く。シーナ、どこからか叫ばれた声より先に剣を掲げると、金属音が耳を貫いた。自分より二倍はあろうかという大きな兵士が上から押さえ込もうとしてくる。
「はっ……っ、力任せかよ!」
かち合った刃が震える。剣が、キリンジがないた。そう思ってしまった。影が、音もなく近づいた、ばさりと空を覆う。咄嗟に目を瞑りそうになった時、力が緩んだ。本能で突き飛ばそうとするが、それより先に相手のハイランド兵は倒れた。
「シーナ、大丈夫?」
動かなくなった兵士の傍らにタツマが立っていた。確かにここは戦場なのに、返り血ひとつ浴びていない。右手に何度見ても息を飲む紋章が輝く。震えるほど美しい様だった。
「何故ここに……っ!」
思わずシーナはタツマの肩を掴む。タツマの、彼の戦は終わったのだ。もうこんな悲しい姿を人前に晒す必要なんてないのに。あの、胸が詰まるほどの姿を自分に晒す必要なんか。
「なに、その喋り方」
そう言って意地悪く笑う様に、シーナは現実を思い出す。立ち尽くしていた自分とタツマに向かって、小さく固まった兵士達が一斉に襲いかかってくる。
「やめろ!」
口をついて出た言葉は、彼に紋章を使わせないためか、自分がその姿を見たくないだけか。相手の為、ではなかった。キリンジを構えようとする。それより先に、棍棒が空を切り裂いた。
「えっ?」
戸惑うと、タツマはまた、意地悪く笑う。片手で棍を回しシーナの右側、斧を振り回す敵の溝尾を打つ。その時タツマの後ろからハイランドの剣が振り下げられる。シーナは必死にキリンジで受け止めた。交差するようにすれ違ったタツマと目があう。大丈夫、確かにそう言われて、シーナは口を緩めた。そうだ、確かにここは戦場で、美しいものなどありはしない。あるのは死と、血と、結果なのだ。それでも、自分も、タツマも、この地に立っている。それが現実で、そう感じていられる間は、生きて笑うことも怖がることもできる、ということだった。
(神様のいない所)