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agitato[アジタート:激情的に]

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おき火のはぜる音が聞こえる。
もうずっと燃えもしない、ただの熱でいたのに。

屋上の扉を開ける前に、強く強く目を閉じる。
これまでの人生の半分以上の時間、彼を見つめて過ごしてきた。
絶対の主人と仰いで膝を折り、心を砕いてお仕えしてきた。
捧げてきた真心は偽りではないけれどずっと、
迷わずにその命を絶つ決意も常に傍らにあった。
王のサイバディの声に選ばれたものが答えた時、世界は滅びる。
世界の命運は選ばれた者の掌の上。
だからこそ巫女の1人がザメクを封印し、
もう1人が許婚として選ばれたものを繋ぐ鎖になる。
そうして、選ばれた者はずっとこの島で眠り続けてきた。
何百年もそうしてやり過ごしてきたのに、どうして今。
選ばれし者が王のサイバディに答えるなら、アプリボワゼしてしまう前に命を絶つ。
ジャガーとタイガーはそのために彼の傍らに侍り、
それを知りながら彼は私たちを心から信頼してくれた。
ドアノブに伸ばした手が硬直して震えた。目が熱を持ったように痛む。
坊ちゃま。どうしてですか、坊ちゃま。
それでも、ジャガーはやり遂げなければならなかった。
意味などない。考えたりもしない。教えられたとおり。
恐らく自分は非常に幸せな、けれどつまらない人間なのだろう。
片割れたる少女の慟哭に胸が痛んでも、
何もかもを捧げた存在を喪うことになっても、
それでも黙って教えられた通りにするだろう。
この時のために、ジャガーは長らく彼の傍らに仕えてきたのだ。
王者とはかくも慈悲深く懐の深いものか。
コトが起これば即座に自分の首を落すための存在を鷹揚に受け入れることも、
自らを縛る鎖として用意された皆水の巫女のために心砕くことも、
ジャガーには到底理解することができなかった。
その優しさがジャガーの存在理由を変えてくれることはなかったけれど、
天に輝く星のように今でも心の奥底に仕舞いこんでいる。
どうして今なのだろう。
そう考えてしまうと、目が疼く。何も見えなくなる。
だってもう何百年も、目をつむったままやりすごすことができたのに。
あの赤い髪の少年さえ、坊ちゃまの前に現われなければ。
瞬きをしながら、ドアを開ける。
開け放した扉の向こうに主が居ることはわかっていた。
「ジャガーか」
切りそろえられた青い髪が、夕日に赤く染められる視界に鮮やかに映えた。
海からの優しい風に目を細めながら、当たり前のように呼ばわる。
ああ、彼こそが私の王。
ただ跪くことこそがジャガーの幸福だった。
こんなにも美しく微笑まれる方だっただろうか。
髪を切りそろえてさしあげたのは、そんなに前のことではなかったはずなのに。
坊ちゃまの不幸がいかなるものか知っていながら、それでも。
私はずっとこのままでいたかった。
日本刀の柄を握る手にジャガーは力を込めた。
何もかもわかっていらっしゃるはずだと思うと、不思議と心は静かだった。
殺してさしあげるのもいいかもしれない。自由になればいい、今度こそ。
「泣かなくてもいい」
刀を抜きながら顔を上げて、刀を抜ききることすらできずに。
明確な殺意を取り繕うことさえできずに、ジャガーは立ち尽くした。
その言葉に初めて、ジャガーは自分が涙を流していることに気づく。
まろやかな色をした琥珀の瞳が、炯炯と黄金色に輝いていた。
ただ美しいばかりの彼の双眸に場違いなほどの、鋭く鮮やかな光。
瞳に宿る黄金の光は、瞋恚の炎。
呼吸をするような当然さで、全てを諦めていたはずだったのに。
それが自身ためのものではないことだけが、はっきりとわかる。
だからこそジャガーは震えた。涙が次々とこぼれた。
ジャガー泣かなくてもいいための方法は、たった1つしかない。
王のサイバディに応えることにした主の命を絶つ必要がなくなる方法は、
たった1人で死ぬまで暗闇の中に囚われることだ。
「オレはザメクを封印するよ」
坊ちゃま、あなたは。
頬を次々と滑り落ちる。涙か、これは。
あの無邪気な皆水の巫女は彼を縛るための鎖。
飼い慣らされて愛される、去勢された犬にするための仕掛けの1つにすぎない。
それでもずっと、彼は皆水の巫女を心から大切にしてきた。
アイツは王子様だな。
いつか彼はそう呟いた。
波風一つ立てることのない静かな双眸、その奥の奥。
小さなけれど確かな熱の欠片の気配に言葉を失ったジャガーに、
王子様はお姫様を救い出すものだよと笑って見せた彼が、
どんな顔をしていたか今のジャガーには思い出すことができない。
思い出すことはできないけれど。
だから今、皆水の巫女をあの赤い髪の少年に託して命を捨てると。
あの少年に恋をしたから、皆水の巫女との幸せを願うと。
嗚咽を押し殺して、ジャガーはたった一人の王にもう再び跪く。
「承知いたしました」
瞼の裏の暗闇で、星のように微かな光が弾けて消えた
それは彼の心。彼の恋。彼の情熱。
輝きを押し隠して、音も立てない。
燃えることすら当たり前のように諦めた、けれど確かな熱。