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ラボ@ゆっくりのんびり
ラボ@ゆっくりのんびり
novelistID. 2672
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愛すればこそ

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 断続的に与えられる痛みにロマーノは顔をしかめてどうにかそれを逃すことしか出来なかった。痛い、と言葉を漏らしたとて何の意味もないことはとうの昔に知っていたから、ぎゅうと口唇を噛んでやり過ごすしかない。けれどロマーノの白い歯が紅く色付いた口唇に牙を立てているのを見逃さなかったスペインの褐色の指先がゆるりとそこを撫でた。まるで壊れ物を扱うかのように優しく撫でるその動きに、ロマーノは一瞬、今現在誰が自分に痛みを与えているのか忘れそうになった。


「噛んだらあかんよ、ロマーノ」


 傷がつく、と続けたスペインの顔を見上げようとしたが、ぼんやりと灯る常夜灯を背負ったスペインの表情はロマーノには見えなかった。いや、たとえ部屋の中が煌々としていたとて結局ロマーノにはスペインの顔は見えなかっただろう。何故ならば僅かに持ち上げた頭を大きなスペインの手のひらがすぐに柔らかな枕へぎゅっと乱雑に押し付けたからだ。
 うつ伏せに横たわるロマーノの身体を跨ぐようにしながらスペインはロマーノの上にいた。見下ろす視線にどんな色が含まれているのかロマーノにはわからなかったが、そもそもロマーノはそんなものに最初から興味などなかった。
 スペインがこうして時々ロマーノへ暴力を振るうことを知る人間はほかにはいなかったしロマーノもスペインも誰かにそれをわざわざ言うような愚かな真似はしなかった。誰かに助けを求める気持ちなど最初から持ち合わせていなかったロマーノが出来ることはただ耐えるだけだった。スペインから与えられる痛みを受け、ようやくそれが終わった後にスペインが小さく震えながらロマーノを抱きしめて「ごめん」と謝るときが来るのを待つだけだ。そうやってロマーノを抱きしめて、時々小さな嗚咽すら零すスペインと、今言葉少なにロマーノに痛みを与えていくだけのスペインが同じ人物とは到底思えなかった。しかし今自分に跨り一方的に痛みを与えて満足をする男がスペイン以外であるわけもない。
 どうしてスペインが自分に痛みを与えるようになったのか。それはいくら考えても分からないことだった。ただ、白い壁紙が時を経て気付かないうちにくすんでいくように、共に過ごしてきた時間のなかで気付かないうちに培われていったのだろうと思う。ロマーノに痛みを与えればロマーノを自分の所に引き止めて置けると思っているだろうスペインの心情を思いながらロマーノは痛みに目を閉じた。殴られる衝撃に思わず漏れてしまいそうになる声を抑えながら、殴打の痕を隠す洋服を頭の中で探した。


「ロマーノ、」


 泣き出しそうな声を出しながらスペインの拳がロマーノのわき腹にめり込む。耐え切れずにとうとう咳き込んだそのとき、ぴたりとスペインの動きが止まった。一瞬のあとスペインの手のひらが、今度はロマーノを傷つけるためでなく包むために優しく触れた。力強く抱きしめられながら何度も何度も囁かれる嗚咽交じりの自分の名前を聞きながら、ロマーノはスペインの背に腕を回して目を閉じた。
 ──こんな馬鹿を置いてどっかに行けるわけねえだろ。
 背に回した腕に力を込めると腕に沿って疼痛が身体を走った。その痛みに顔をしかめるよりも早くスペインの体温がそれらを優しく吸い取ってくれた。
 自分を包むスペインの身体がまるで鳥かごのような錯覚を受ける。確かに鳥かごのようだと思いながらロマーノはほんの僅かに口唇を持ち上げた。ただ、鳥かごの中の鳥と自分が違う点はかごの入り口が開いていたとてそこから飛び立つつもりがないということだろう。飛び立つわけがない。飛び立てるわけもない。
 こんな子どものような愛情表現しか知らない馬鹿を置いて自分ひとりで歩くつもりなど、初めからなかった。