二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

記憶賛歌

INDEX|1ページ/1ページ|

 


 バルドの記憶の中にあるライはこんなのじゃなかった。手足なんてひょろっこくて、体も華奢といってよい程で、バルドバルド、と懐いてくる様はたいへん可愛らしかった。間違っても、こんな不遜で傲慢な白猫ではなかった。

 お前、昔はちっさかったのになあ……。そんでもって、もっと素直だった……。
 呟きは、思っていたよりも大きいものになってしまったようで、「黙れ」と頭上から鋭い目が睨んでくる。バルドの自室に入ってくるなり押し倒して、今からあんなことやこんなことやそんなことをしようとする相手――バルドだ――に向けるとは思えない目だ。
 お前、そんなんじゃモテないぞ。
 なんて、口に出したが最後、どんな酷い目に遭うか分かったもんじゃない。開きかかった唇をあわてて閉じて、心の中で呟くのみにとどめるという、バルドは賢明な選択をした。もっとも、なんとか閉じた唇は、なにやら腹の辺りでごそごそと動き始めたライの手のひらによって、開くことになってしまうのだが。
 視界には見慣れた天井が映っている。そして、その端をちらちらと見慣れない白色が過ぎっていた。いや、見慣れていないことはない。いつかは毎日のように見ていた色だ。今のように、見上げる形ではなく、見下ろす形ではあったが。つまり、バルドを下に、体の上でちらちら動く白色にどうにも慣れないのだ。

 ライに抱かれるようになって暫くが経つ。ライの棘が鳴りを潜めたのに喜んだのもつかの間、何がきっかけに漂い始めたのか分からない甘い空気に困惑し、あれよあれよという間に剥かれた衣服、気付いたら痛む股の間に驚き慄いたものの、そこはバルド。年の功でさらりと流してしまったのが拙かったのかもしれない。二匹の関係はもはや、失った時間を取り戻そうとしているというよりも、恋人同士に近いものになっている。
 付き合っているのか? 内心、バルドは首を捻って密かに苦笑した。どうにも付き合っているという実感がない。付き合う、という言葉の甘酸っぱい響きが、自分には似合わぬ気がするのだ。いい年をしたオヤジが今更、惚れた腫れたは気持ち悪かろう。思春期の猫じゃあるまいし。赤面しそうになる己を諫めるべく、バルドは息を吐いた。いい加減、目の前の雄猫に集中しないと、拗ねちまう。とバルドが思った途端に、むくりとライの体が伸び上がった。目と目をしっかり合わせて、ライが不機嫌な声で問うてくる。
「何を考えている。さっきから黙り込んで」
「お前が黙れと言ったから、黙っているんじゃないか」
「フン」
 からかうと、また睨んできた。ライはとっくに拗ねていたらしい。お前のことを考えていた、とはどうにも切り出しにくく、バルドは困って髭をかいた。どうしたものかと弱るバルドに、ますますライの顔がむすっとする。外では、あまり表情を変えないライが、自分の前だけで見せるようになった幼い顔を見て、バルドの胸中が暖かいもので満ちた。バルドの前でだけ、ライは刹羅の頃に戻る。昔と何も変わっていない顔を見て、バルドは笑った。
「何を笑って……」
 言いかけたライの唇に、バルドは頭を起こして口付ける。ライの薄い唇を割って舌を差し込めば、ライも乗り気で舌を絡めてきた。現金なものだ、とは笑えない。バルドもしっかりその気なのだから。

 俺たちは付き合っているのか、と口に出して訊ねたことはない。二匹の関係をこれと定義してもいない。それは追々考えればいいだろうし、今更決めることでもないのかもしれない。過去と現在が変わったように、現在と未来でまた関係が変わるかもしれないのだ。
 脳裏によぎる色々なことを、ライの舌が舐めとって食べてしまう。口中を暴れるライの舌に、バルドの脳は考えることを放棄した。ただ今は、この甘い痺れに満たされていたい。熱に浮かされるまま、バルドはライの口付けに応えた。自分の息子ほどの歳の猫に主導権を握られるわけには、まだまだいかない。
作品名:記憶賛歌 作家名:ねこだ