だいじょうぶ?
「大丈夫?」
「大丈夫です。問題ありません」
何度となく俺が繰り返し問いかける言葉に、彼は決まってこう答える。
俺、折原臨也は天使である。
中二病とか、現実逃避しているとか、空想癖があるとか、前世の記憶でそう信じているとか。別にそういうわけではない。
俺は正真正銘、神から遣わされた『天使』だ。
天使の俺が何故こんな風に人間に偽装して暮らしているかと言うと、神から命令されたからだ。
神曰く、世界はいずれ滅びるらしい。
俺が聞いた長ったらしい話の要点をまとめると、『世界を滅ぼさないために、池袋を世界の縮図として観察し、人間の争いとそれに伴う感情を調べろ』ということらしい。
正直何故そうなったのか疑問しか浮かばないが、命令なのだから仕方ない。
そんなわけで、俺はこの池袋で人間に紛れ、彼等の生き方を観察している。
適当な人間に目をつけて、近寄り、手助けをしながらその人間が歩む道を見守る。
「大丈夫?助けようか」と優しい言葉をかければ、大抵の人間は俺を頼り、その結果成功したり、堕落したりする。
紀田正臣という少年がいた。
集団のリーダーであった彼は、俺に助言を求め、最後には俺を頼るあまり身動きがとれなくなり、大切なものを守れなかった。
平和島静雄という男がいた。
わざわざ彼の高校時代に遡り、手助けをしてやろうかと思ったのに、何故か彼は俺の言葉を聞かなかった。まあ、この慈愛で満ち溢れている俺も、平和島静雄のことは気に入らなかったので、最終的に彼の力がどこまで成長するか観察して、適当なところでやめた。
俺は時を操ることができる。
時を戻せばそれまで過ごしていた記憶も勿論リセットされ、彼らは俺のことを忘れる。
しかし、紀田正臣や平和島静雄は俺に出会ってもろくなことがないと最初の出会いで確信したのか、それ以降の観察で彼等が俺に好意的な態度を見せたことはない。魂に記憶が刻まれているのだろうか。
ともかく、俺は選んだ人間の観察を終える度に時を戻し、一度リセットして、新たな人間を探した。
そして、最近選んだのがこの少年、竜ヶ峰帝人である。
彼は平凡な男子高校生だ。普通の人間だったが、非日常に憧れ、日常からの脱却を望み、そのために進化しようとする。今までの人間と違ってかなり興味深い存在だった。
そして、興味深い点は他にもあった。
実は彼を観察するのはこれが初めてではなく、観察回数は今回で記念すべき十回目となる。
何度も彼を観察する理由。
それは帝人君が俺の手助けを借りようとせず自分の力で運命を切り開こうとするから。
そして、世界を何度繰り返しても、最終的に彼が死んでしまうからだ。
「大丈夫?助けようか」と優しい言葉をかけても、「大丈夫です」と頑なに俺の助けを受けようとしない。死に方は様々で、仲間を庇って代わりに死んだり、彼が操る組織関係で恨まれさ刺されたり、全てに絶望して自らビルから飛び降りたり、精神が壊れ衰死したり、何てことはない普通の交通事故が原因だった時もある。
「大丈夫?」
何度となく俺は彼に問いかける。
帝人君が助けを求めたからといって、彼の死が回避されるかはわからない。しかし、元来観察者である俺は、彼が望まなければ手を貸すことはできない。
違った未来を見てみたい。彼がこのあとどうしていくのかもっともっと見ていたいのに、彼はその可能性を、俺を選んでくれない。
「大丈夫です。問題ありません」
何度となく返された言葉。その言葉を聞かされる度、言い様のない絶望感に苛まれる。天使である、この俺が。
「いい加減、受け入れてくれないかな」
そう呟いても、帝人君は困ったように笑うだけで、決して助けを求めてはくれない。
結局俺は、また彼が死んでいく過程を、ただ見守ることしかできないのだ。
次も俺は彼を選び、何度でも問いかけるだろう。帝人君が差し伸べた俺の手を掴むことを、神に祈りながら。
『はじめまして、竜ヶ峰帝人君。俺の名前は折原臨也、天使だよ。何か手伝えることはないかな……随分大変そうだけど、大丈夫?』
【 何度だって繰り返す 彼が俺を選ぶまで 】
(ねえ、早く俺を求めてよ)
(これ以上君が死ぬのを見るのは嫌なんだ)
(はやくはやくはやく)
(『助けて、臨也さん』て言ってよ)
(そしたら俺は、君を全力で助けるから)
(その結果世界が滅びても)
(神に背いても)
(助けるから)
(はやく)
(俺を選んで)