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秋霖前線(しゅうりんぜんせん)

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秋の雨はことさらに長く、しつこく、そして切ない。雨上がりの、しっとりと水分を含んだ空気の中で、高杉の髪はしおれていた。艶やかに湿り気を帯びて、照り輝いている。
虫の声がする人気のない場所で、一人、キセルを吸いながら月見をする。ああそろそろ十五夜だ、と思いながら昔本気で月にうさぎがいることを信じていた純粋無垢な自身を思い出して笑った。見上げる月には、よもやうさぎが刻み込まれているなんてことはあるまい。また今年も、また子と似蔵の作る、うまい団子と美しいすすきが拝めるのか、と思った。甘いものは得手ではないが、肴として美しいものと美味い酒を主にするには申し分なかった。
酒。
そういえば、と高杉は常に携帯しているひょうたんを振る。ちゃぷちゃぷ、とかなり量が減ってしまった感覚があった。ふう、と煙を吐くとキセルを袂に仕舞い、残った酒を煽った。月は黄色く、それでいて鮮明であった。
なぁ、
足元でかさ、と草の根分ける音がする。同時に鳴き声。ん、と思って見やるとそこには月と同じくらい、いやそれ以上に鮮やかな黄金色の瞳をもった黒猫がいた。薄暗い中で、瞳だけが浮かび上がるようにその存在を示していた。
すり、と高杉の足首へ擦り寄る。そしてまた一言、なぁ、と鳴いた。
「…なんだ、俺が怖くねェのか?」
笑ってその猫に語りかけると、また、なぁ、と鳴く。まるで返事をしているようだった。夜の秋風が吹いて、薄着の高杉の肌を突き刺していく。丁度いい、と高杉はその猫を抱いて湯たんぽがわりにした。頭をなでてやると、ぴくぴく、と耳を揺らしている。馴染んだように高杉の腕の中でうっとりする猫をみて、思わず顔がほころんだ。柔らかな肉球に触れると、ふにふにと堪らない感触。指の腹でやさしく触れながらその感覚を楽しんだ。
「…何してんの」
すると、今度は高杉が抱かれる番となった。猫を抱く高杉を後ろから抱きしめて、胸にいる猫をのぞきこむように顔をのぞかせる。
「…遅い」
「雨宿りしてたら遅くなった。悪ィ…」
すこし高い銀時の頭。わずかにじろり、と見上げて高杉は不機嫌そうにごちた。一度機嫌を損ねるとすこぶる具合が悪い。参ったなぁ、と思いつつ、高杉に抱かれている猫をなでくりなでくりした。
「野良?」
「ん」
「のわりにはよく懐いてるじゃねーか」
「別に餌付けしてたわけじゃねーぜ?」
なぁ?と、抱き寄せピンと立った耳の付け根に唇をよせる。頭をなでていた銀時の手がそれに巻き込まれて、やわらかいそれに触れた。
(役得…)
すこし、ムラムラする。
「月なんか眺めちゃって、なんか悲壮感漂っちゃってるよ、お前」
「ちげーよったくお前ェは風情がねェな…。…十五夜、近いと思って」
「…ああそういや。いつだっけ」
「二十五日」
「ふぅん」
「毎年曇っていけねェ。今年は晴れるといいが…」
ふ、と月を仰ぐ高杉の首筋が青白く浮かび上がる。はっとした銀時は、無意識にその細い頚椎に唇を落とした。
「…盛ってんじゃねーよ…。猫じゃあるめェ」
なぁ、とまた間の抜けた返事。それを聞いて高杉は低く笑う。
「ほら、猫にまで茶化されてやがるぞ、銀時ィ」
「うっせぇなぁ…」
笑う高杉を諌めるように、やや力をいれて抱きしめる。
すると、銀時の目元に雨粒がぽとり、と落ちた。
「…?」
続いて足元にも。
「…銀時、傘」
しぶしぶ銀時が傘をさすと、とたんにさぁぁぁぁとまたもや雨が降り出した。止んだと思ったら雨が降る。この不安定な天気が秋の空なのだろう。
傘を持ってしまったため、高杉を抱きしめることができない。片手、というのもなんだか格好がつかなくて、銀時はひとり考えあぐねていると、猫を抱いたままくるり、と振り向いた高杉が銀時の胸にすがるようにして寄り添ってきた。
「あのままだと濡れるだろ?」
にや、と笑ってみせる顔は、確信犯。
「ばっかお前…」
どうやら、今の不意打ちで銀時が遅刻したことによる不機嫌さは打ち払われたらしい。見上げてくる瞳に、ただならぬものを感じながら、わずかに雨に濡れた高杉の前髪をさらりといじってやる。
「で?」
まるで次を期待するかのように、口元をゆがませて笑う。こくん、と小首をかしげる様は、腕にある猫と同じで可愛らしい。
柔らかに顎へ手を添えて、互いに目を閉じながらゆっくりと唇を重ねる。さぁぁぁ、とまるで霧のような、しかし大雨でもないけぶるような雨の中、もはや逢引の恒例となったキスを交わす。
高杉の腕の中で、ぬくもりが心地よいのか猫はうたたねをしはじめた。雨雲に襲われた月は、二人を、見るに耐えないとでも言うかのようにそれに隠れて、世界はわずかに暗くなったまま、雨を降らせていた。

               了