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ラボ@ゆっくりのんびり
ラボ@ゆっくりのんびり
novelistID. 2672
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今すぐ君にキスしたい

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 トン。
 指の先で煙草を叩くと白い灰が硝子の灰皿に吸い込まれるように落ちた。薄く開いた口唇から同じように白い煙が溢れ、不意に吹き付ける風に乗って消えていった。
 バルコニーの手すりに肘をつき、星空を見ながら、スペインはもう一度煙草に口をつけた。煙を吸い込んで吐き出すだけの所作に頭の奥がくらりと揺れる。ほとんど吸わなくなった煙草をたまに吸うと起こる現象だった。
 かつて、スペインが今よりももう少し若かったころ、酒も煙草も女も充分すぎるほどに嗜んでいた。いつも一緒につるんでいたフランスもプロイセンも飲酒喫煙の常習者だったから彼らに教えてもらったようなものでもある。そういうと、彼らは「お前に教わったんだよ」と互いに笑う。きっかけは何であれ、美味い酒を飲みながら燻らせる煙草の美味さに、一頃夢中になっていたのは事実だ。
 プロイセンは弟であるドイツと同居するようになってから有無を言わさず禁煙させられたらしい。プロイセンの弟であるドイツは兄に似ず、よく言えば真面目、悪く言えば堅物の男だった。けれどプロイセンはそんなドイツを溺愛し、彼が「禁煙しろ」と言えばぶつぶつ文句を言いながらもちゃんと禁煙を守っている。酒に関してはドイツも相当飲むらしいので何も言ってこないというが、酒を飲むと高確率で暴れるプロイセンの姿を幾度も見ているスペインからすると、煙草よりも先に酒をやめさせるべきではないかと思うのだった。
 フランスはいつもワインの隣にはシガレットケースを置いていた。フランス曰く、甘い煙草の匂いは女を不快にさせるどころか心をときめかせるらしい。煙草を吸う動作を気に入る女も多いらしく、フランスはいつも香水の隅にうっすらと紫煙の匂いを纏わせていた。そういえば、いつも何だかんだと言いながら隣にいるイギリスは、フランス以上のヘヴィスモーカーだったなとふと思い出した。
 もう一度煙草を吸う。吐き出した真っ白な煙には美しささえ覚えるが、これが毒の塊だというから笑ってしまう。美しいものには毒がある。はしなくもトリカブトの薄い紫色の花びらを思い出した。あの花は美しいが、その根には人すら簡単に殺せてしまうほどの猛毒を内包している。美しいからこそ恐ろしい。恐ろしいけれど、美しいから惹かれてしまうのだ。
 トン。
 長く伸びた灰をまた落とす。不意に吹き付けた一陣の風に灰の一部がさらわれた。それを横目で見ながら、久方ぶりに吸った煙草の匂いと味を堪能していた。
 そもそも、スペインは煙草を辞めるつもりなど元々なかったのだ。けれど、小さな子どもと一緒に暮らすようになった途端、その子どもは小さな鼻をひくひくと揺らして心底嫌そうに顔を歪めた。面と向かって「煙草をやめろ」と言われたわけではないが、目の前で煙草を吸おうとしようものなら、例え大好きなトマトが沢山の席でも彼はさっさと部屋から出て行ってしまう。吸い終った直後は匂いが身体に残っているために近寄ってすらくれない。子どもの頃はそれが顕著に現れていたが、大人になった今でも彼は嫌そうな表情を浮かべる。
 いつだったか、大人になったロマーノに、スペインは煙草を勧めたことがあった。酒を覚えたなら煙草も吸ってみたらええんちゃう、と笑いながら言ったが、ロマーノはきっぱりと一言「そんなもんいらねえ」と言い切った。曰く、その匂いや味の所為でせっかくの食事の匂いや味がわからなくなるとのことだ。そういえば、と、スペインはそこでロマーノがグルメだったことを思い出した。
 それ以来、スペインの煙草を吸う頻度が徐々にだが確実に減っていった。ロマーノは気付かなかったが、フランスやプロイセンにはすぐに気付かれた。どうしてだと理由を問われても漠然としすぎて言葉にならなかった。ただ、せっかくロマーノが作ってくれる食事の匂いや味を百パーセント楽しめないのは残念だと思っただけだった。
 トン。
 だが時々、今日のように眠れない夜など、ふとその苦味が恋しくなる。こっそりと引き出しの奥に隠したシガレットケースから一本を取り出し、口に咥え、火をつける。吸い込むたびにくらくら揺れる身体を実感する都度、煙草から遠のいたものだと思わず笑ってしまうのだ。くらくら揺れるたびに、その揺れの分だけ、ロマーノのことが愛おしいと感じる。ロマーノの笑顔のためならば、何だって出来るような気がした。現に、あれだけ愛飲した煙草から遠ざかっているのだから笑えてしまう。


「スペイン?」


 薄く開いた窓の向こうからロマーノの声がした。起きたばかりなのか少し掠れている声だった。手に持っていた煙草を急いで消す。振り返って、カーテンの隙間から怪訝そうに見つめてきたロマーノに微笑んだ。
 可愛いな、と、思う。
 そう思うと今すぐにキスしたくなった。しかし煙草を吸った直後のスペインのこの身体や口内にはきっと煙草の匂いがねっとりと染み付いているだろう。
 けれど、今すぐ抱き寄せてキスしたかった。