光暈
細やかな霧雨の様な吐息は、朧月の如く霞を纏って夜を包む。
―――それは一瞬にして消え失せてしまうけれども。
それでもその一瞬だけは、鋭利なまでの漆黒を、やわらかな夜に魅せてくれる。
はあ、ともう一度、熱い吐息を吐く。
温度差に依ってより一層色濃く吐き出される白い薄膜は、風に流され瞬く間に消えてしまった。
きっと、この距離が彼と自分との差なのだと思う。
夜は凛として其処に佇み、何ものをも寄せ付けず、何ものにも染まらず、けれども如何なるものをも惹き付ける。
その中に立つ己の何と脆弱な事か。
例えば夜を恍惚と照らすやわらかな月の様に。
標の様に誓いの様に一点を指し示す星の様に。
そんな大それた事を掲げるつもりは毛頭無いけれども。
それでも何もかもを呑み込む昏い闇夜を、やわらかく照らす朧月の様に。
ふと思い出した時、何時でも其処に有る様に。
輪郭さえも朧気で、何時でもその闇に取って代わられそうな危うさで。
それでも、その背に必ず有るのだと。
「何だ、ハボック。まだ居たのか」
「アンタが待ってろって言ったんでしょうが。もうボケ始まったんスか?」
「上司に向かって何て言い様だ。躾がなってないと上の連中に言われるのは私なのだぞ」
「へーへー。以後気を付けます。ロイ・マスタング大佐殿」
ぽかりと夜空に浮かぶ朧月。
ゆらゆらと儚げに揺れるその姿に、己の姿を重ねながら。
霞の薄布を纏った吐息は熱く。
白く、白い。
刹那に消える。
そんなに儚いものではなく。
そんなに頼り無いものではなく。
けれども、すぐさま流されそうな。
けれどもあたたかな光を放つ、あの朧月の様に。
ずっとずっと後ろから、その背を見守るように包むように。
闇夜に抱かれ恍惚と輝く、月になろうと思った。
コツコツと一定のリズムを刻む足音を聴きながら、夜を見据える。
淡い月光に照らされた漆黒の髪が、やわらかな黄色を帯びて、やさしい夜に変わる。
冷たく鋭利な黒い闇夜も、こんな風にあたたかないろに変わるのなら。
隣を歩く眉間に皺を寄せ訝しげに己を見る上司を気にする事無く、月色の髪を持つ長身の 男はゆるやかに笑った。
そう、もし叶うのならば、あんな朧月が良い。
仄かにやさしく、あたたかに夜を照らす、あんなものが良い。
一定の距離を保って、それでも貴方の、すぐ側に。
end.
*サイトをやってた頃に、某方へ捧げたお話でした。