恋でも戦争
どうにも無自覚のようではあるが、臨也同様、静雄の帝人に対する感情が、ただの興味から情を抱く対象にシフトチェンジしているようだ。そこに、同性に対する恋慕の情などと、という嫌悪を抱かないのは、業界でもさして珍しいことではないせいか、はたまた幽自身にも欠陥があるせいか。若しくは、幽にも静雄のことを責められない、理由があるのだ。
「えっ・・・内緒って・・・じゃあ、静雄先輩は僕が幽さんと会ってること、知らないんですか?」
「・・・・・・」
沈黙が答えだ。無表情ながらに気まずげに視線を逸らした幽に、帝人は疑問を持ったものの、触れて欲しくないこともあるのだろうと、それ以上の追及を止める。
やや強引に、「あっ、そのチーズケーキ美味しそうですね。」、と言って話題を変えた帝人に感謝しつつ、やはり表情を変えないままソースが殆ど掛かっている部分を丸ごと帝人に差し出した。
* * * * *
その、数日後。
「悪いね、兄さん。わざわざ時間取って貰って。」
所は同じく。平日の夕方、制服姿の男子生徒3人が、テーブル席にて顔をつき合わせていた。
様になる所作で白磁のカップを手に取る青年、平和島幽は、殆ど音を立てずに持ち上げていたカップをソーサーに戻す。本日の中味はロイヤルミルクティーだ。
「いや・・・別に構わねぇけどよ・・・その・・・・・・」
鳶色の双眸が、そう告げて揺れている。注がれる先は、幽と隣席している少年である。だが彼の群青色の瞳も、同様に困惑に揺れていた。
「あの・・・えと・・・こっ、こんにちは、静雄先輩。」
「おっ、おぉ・・・いや、そうじゃねぇ。何だって俺達を集めたんだ?幽。」
声を掛けられて頬を染めた青年は、振り切るように1度首を振ると、改めて幽を見た。
本日、青年―――幽の兄である、平和島静雄は、昨夜弟に言われた言葉を実行する為にここに来たのである。
「明日放課後、会わせたい人が居るから。時間取ってくれる?」と幽は静雄に言ったのだ。
元より用事も特に無かったし、兄の手を滅多に煩わせることのない弟からのお願いだったので、静雄は二つ返事で了承した。
会わせたい人、と言われて、静雄が真っ先に思い浮かべたのは、幽の"彼女"である。あまり感情を表に出すことはないが、その美貌と雰囲気で、ミステリアスでクールなのだと世間に言われる弟は、押しも押されぬ人気俳優だ。
そんな弟を自慢に思う静雄は、わざわざ自分などに彼女を紹介してくれようとする幽の行動に聊か疑問を感じつつも、家族だから紹介してくれるのでは、と思えば、素直に嬉しかった。
だからこそ、弟の顔に泥を塗らないようと気を張ってやってきた静雄にとって、今幽の隣に座っている人物はあまりにも予想外過ぎた。
「・・・兄さんに、言っときたいことがあってね。」
そう言って、幽は隣に座す少年を見た。少年は幽と視線が合い、ヘラリと笑う。
少年―――竜ヶ峰帝人は、静雄と幽にとって後輩である。
初めは、あの折原臨也が目を掛けたのだと知って興味を持った訳だが、今では可愛い後輩として、甘やかして手元に置いておきたい人物だ。
勿論、学校の外でこうして顔を合わせたことなど無いので、接点を持ちたい静雄としては嬉しいことだ。嬉しいことなのだが、その隣に幽が座っている、という点を考えて、モヤモヤとし始めた胸中に答えを出せないまま、静雄は幽に問う。
「っつーか、お前ら、いつの間に知り合ったんだよ?」
「えっと、僕が入学して一カ月位してからでしょうか。それから何度か、一緒に出掛けたり遊びに行ったり・・・」
「なっ!幽、お前・・・!」
「うん。ということで。抜け駆けして御免ね、兄さん。」
1mmも動かない表情筋で以て、淡々と紡がれた謝罪に、静雄は顔を顰める。
突然表情が変わった静雄に帝人はどうしたものかと考えているようだが、幽にしてみればその理由は一目瞭然である。
(まぁ、面白くないよね。)
静雄の気持ちが分かる幽は、ゆるりと目を伏せると、再びカップの取っ手を持って口を付ける。
相も変わらず自身の気持ちに疎い静雄は、何故そのことで気分を害しているのかに気付いていないようだが、いつまでも無自覚に無意識に煽られるのも疲れてしまうと、幽は息を吹き掛ける振りをして小さく溜息を吐く。
兄に自覚されるのも厄介ではあるのだが、止むを得まい。そう決意してカップを戻す。
上げられた瞼の下に隠されていた瞳の強さに、静雄はたじろいだ。久しく見ない、感情をしっかりと込めた弟の瞳だった。
唐突に雰囲気の変わった隣席の相手に驚いた帝人が、幽に声を掛けようとするのに一瞬早く、
「俺、帝人君のこと好きだから。渡すつもりもないし。それだけ、言っておきたかった。」
爆弾投下。
ポカリと間抜けな表情を晒す2人を置き、幽は極僅かに口角を上げた。
まるで、勝利者の笑みのようだった。