痛みで出来た世界
割といつでも具合の悪い女だった。
頭痛持ちだったし、胃痛もあった。正体不明の吐き気もよくあったし、朝はだいたい貧血気味だった。そして慢性の肩凝りに悩まされていた。
「今日はどうしたの?」
挨拶の後、こう訊かれるのが習慣になってそろそろ一年になる。
「生理痛」
端的に答えれば、「そういえば、そろそろだね」といやらしく嗤う。
そして秘書の一日は始まるのだ。
それだけだった。心配も同情もない、ただの確認。それに何の意味があるのか。
「紅茶飲みたいなー、紅茶」
―意味なんてないのかも知れない。
「―――私は、飲みたくないわ」
だから、この小さな反抗にも、意味なんて、
「―――今日はどうしたの?」
ハッとして、彼女は振り返る。
上司は変わらず嗤いつつ、でも、どこか愉快そうに彼女を見下ろしていた。
「どうって…」
「君、俺に何をして欲しいの」
今度はカッと頬が熱くなる。
「思い上がりも甚だしいわ」
正面を向き直り、彼女は吐き捨てた。だが、努めて平坦に並べたはずの言葉は、下腹部に走った痛みに震えてしまう。
空気も読めないのか、私の身体は。
「ねぇ、波江さん。俺は優しいからさ、君に半休くらいくれてやれるよ?今から」
ああ、痛い痛い痛い。
「それとも、」
手に取ったシャープペンシルの先を、既に置かれていた書類に滑らせる。
響くから、その五月蠅い口を噤んでくれないだろうか。
「君は違う何かを求めていたりする?」
―バキッ。
「アンタの所為で何の罪もない芯が一本、犠牲になったわね」
手の内の筆記具を、彼女は転がそうとし、
「休みなんていらないわ、だから薬を寄越しなさい」
思い切り投げた。
壁に当たって跳ね返ったそれは、背後の上司など眼中にないかのごとく、あらぬ方向へ飛んで行った。
「薬に頼るのは関心出来ないぜ」
「アンタに頼るより百倍マシよ」
「誰が有給にするって言った?」
「………」
「それに、だったら自分で取りに行きなよ」
何であの凶器はこいつを避けたのか。
「波江さん、取りに行くついでに紅茶淹れて」
舌打ちを一つ、乱暴に立ち上がった彼女の所為で、何の罪もない椅子が倒れ込んだ。
今日も彼女は順調に、具合の悪い女になっていく。
『痛みで出来た世界』
作品名:痛みで出来た世界 作家名:璃琉@堕ちている途中