美しい喜劇
荒井の声だった。殺気はない。言われた通りに指を動かすと、荒井は更に囁いた。
「少々警告させていただこうと思いまして。落ち着いて聞いてください。……実は、細田さんは福沢さんの食料を本当に食べていません」
(え?)
意外な言葉だった。
「僕は、見たんですよ。日野さんが、福沢さんの食料を通気口の奥に隠すのを。日野さんが何の為にそんなことをしたのかはわかりませんが、結果として今朝の惨劇が起こったわけです」
嫌な汗が、肌をじっとりと湿らせる。日野は、食料を奪われた福沢のその後の心理や行動を予測し、仕組んだのだろうか?坂上を守るために?それとも……。
「もうひとつ、お知らせしておきます。何を聞いても、絶対に声を出さないでください。……岩下さんが死んでいます」
(なっ──)
悲鳴をあげそうになって、慌てて唇を噛んだ。確かに今叫ぶのは得策ではない。
「凶器は彼女のカッターで、喉を掻き切られています。恐らく声をあげることもできなかったでしょう。僕が目を覚ました時には、既にその状態でした。ただ……」
──日野さんが、起きていたんです。
その声は、ほとんど吐息だけだった。心臓がどくどくと騒ぎ出す。
(まさか……日野先輩が……っ)