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神月みさか
神月みさか
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僕達、幸せになります! ※本文サンプル

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 今をさかのぼること、二年前の早春。





 小雨の降りしきる午後、あまり広くもない座敷には、なんとも言いがたい表情をした人間が四人座っていた。
 その中で子供は竜ヶ峰帝人ひとりだ。机を挟んで向かい側には帝人の両親が並んで腰を下ろしており、隣には大柄な青年がきちんと正座している。
 青年は長めの黒髪を上げて俳優のように端整な顔を晒している。しかし表情は硬い。長い手足を包むスーツはシンプルだが仕立ての良さがわかるもので、青年をモデルのように引き立てている。

 帝人は隣に座る青年を示しながら両親に向かって明るく言った。

「こちらが平和島さん。僕が池袋でお世話になっているひとだよ。前にも話したよね?」

 しかし殊更明るく紹介したにも関わらず、両親の反応はゼロだった。
 とはいえ無視している訳ではない。これ以上ない程平和島青年を凝視している。

「――初めまして。平和島静雄です」

 青年が正座したまま深々と頭を下げると、竜ヶ峰夫妻もゆっくりと頭を下げた。しかし顔は上げたまま、視線は平和島青年から離さない。

 なんとも言えない表情で苦笑した帝人は、内心仕様がないなぁと呟きながら隣に座る静雄を肘で突いた。
 静雄がちらりと帝人に目を向けると、帝人もまた目でなにか合図を送ってきている。
 その青く大きな瞳を見て、静雄は意を決した。
 竜ヶ峰夫妻に再び向き直り、彼にでき得る限りの真剣な表情で口を開いた。

「――竜ヶ峰さん」
「――なんでしょう」
「帝人君を、私に下さい!」
「………」
「………」

 窓の外では雨足が強くなっていた。










 ことの始まりはどこからなのか、明確に判断することは難しいが、切欠となったのは帝人が高校一年生のときのクリスマスイブと考えて間違いないだろう。
 池袋の自動喧嘩人形と新宿の情報屋が同時に帝人の部屋を訪ねて鉢合わせたのは、冬の早い陽が落ちかけている刻限だった。
 当然のようにその場で戦争が勃発し、当然のように年季の入りすぎた小さなアパートは倒壊した。

 怒りに震える帝人の前で、ふたりは共に『責任は取る、自分の部屋で面倒を見る』と主張し、もう一戦やらかした。
 撤退したのはいつものごとく、直接戦闘力の低い方だ。ガチでやり合って自動喧嘩人形に勝てる人間などそもそも存在しない。

 勝者が再度申し出てくれた善意の提案を、当然帝人は固辞した。まだ怒っていたこともあるし、子供らしくない自立心の持ち主だった所為もある。
 住居と家財道具とパソコンを破壊した当人の世話になる訳にはいかないと、賠償こそ求めたが後は放っておいてくれと、厳しい声で言い放った帝人に、静雄は言ったのだ。

「こんな寒空ン下に惚れた相手を放り出せっか」

 その言葉の意味を理解した帝人は、怒気を納めて穏やかに返した。

「自分に惚れている相手と同じ部屋に住むのは、余計できかねます」

 真理だった。

 同じ部屋で寝起きしていても絶対になにもしないとは誓えなかった静雄は、同居こそ諦めたものの、金だけ渡して別れる気も毛頭なかった。
 不動産屋にごり押してその日の内に自分のアパートの隣の部屋を確保した。

 帝人もそれには否やは唱えなかった。平和島静雄の隣室ということで長年借り手がつかなかったその部屋は、帝人が住んでいた四畳半並に安かったのだ。

 想いびとと隣室になったことと、突発的に告白してしまったこととで勢いを増した静雄は、その日から猛烈なアタックを開始した。竜ヶ峰帝人ともあろう者が押し負ける程の勢いで。
 結果、高校の新学期が始まる頃、ふたりは晴れて恋人関係となった。
 決め手となったのはこんなやり取りだった。

「信用できません。故にお付き合いできません。何度言えばわかるんですか」
「俺が信用ねえのはわかってるけどよ、お前に対してだけは嘘は言わねえし、誠実にするって誓う。信じらんねえかもしれねえが、信じてくれ」
「信じられません。無理です」
「~~っ、だから、なんでだよ! どうすりゃ信じて貰えんだ!?
「なんでって、こっちこそ聞きたいですよ。静雄さんみたいに格好良くてイケメンで優しくて可愛い男のひとを、どうやって信じればいいって言うんですか。絶対にすぐにもっといい相手を見つけてそちらに移るに決まっています」
「オイゴラァなんだそりゃ褒め殺しかぁ!? こっちは真面目に告ってんだ、真面目に答えやがれ!!」
「こっちも真面目です! 自分よりも遥かにいい男を恋愛的な意味で信用できるような男がどこにいるってんですか! 男前を活かしたいんでしたら女性を口説いて下さい!」
「うるせえ、俺が好きで男口説いてるとでも思ってんのか!? お前じゃなきゃ意味ねえから、お前でなけりゃ駄目だから口説いてるんだろーが!! 第一振る気ならいい男とか男前とか言うな!! 期待すんだろーがッ」
「期待なんてしないで下さい! 男の口から出るその単語は褒め言葉じゃありません!」
「お前の口から出りゃ舞い上がりそうになるぐれぇ嬉しい褒め言葉になんだよ!!」

 ――終わりそうもないので、省略。
 ともあれそんなやり取りの末、静雄が力技でねじ伏せたのだ。

「わかった! だったら結婚しよう! そうすりゃ俺が一生お前一筋だってはっきりわかんだろ!」
「どうしてお付き合いできないって言ってるところから一足飛びに結婚なんて単語が出るんですか!?」
「心変わりも浮気も絶対にしねえ! したら殺してくれて構わねえ。だからいいな?」
「いえそれ僕には物理的に不可能ですよね!?」

 そうして帝人が押し切られる形で交際がスタートし、順調に仲は進展していった。

 そもそも帝人も静雄のことは嫌いではなかった。そして静雄は親しくなればなる程良さがわかってくるタイプの男だった(臨也とは逆に)。
 毎日顔を合わせて少しずつ会話を重ねて心の距離を狭めていき、ひと月が過ぎる頃には名目上の関係だけではなく互いの心情的にも恋人同士といえるようになっていた。
 時折入る新宿からの妨害も、むしろふたりの絆を強める方向へと働いた。

 そして、帝人が高校一年を終えようという春休み。

「――よし。そろそろ行くか」
「どこへですか?」
「竜ヶ峰の両親のとこに、挨拶に」
「――へ?」
「まだ未成年だしな。結婚するには親の許可がいんだろ」
「……へ?」






 そして、場面は埼玉の片田舎にある竜ヶ峰家の小さな座敷に移る。 




※ 本誌へ続く