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鶴翼ニ秘メシ想イ

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世界の裏側、『ヒト』が『人間』として生きていくため強固に織り上げた常識が及ばぬ暗闇に包まれた部分がある。そこでは異形が跋扈し、神秘は『神秘』としての瑞々しさを保ち、『人間』であることを捨てた『魔術師』が横行する。

そこではある概念が確固たる『魔術的』な知識と理論をもって学ばれている。それは『平行世界』と呼ばれ、あらゆる可能性が無数に分岐して存在する世界のカタチ。

普通は知識としてそれを知るのが精一杯だが、時として『普通』の枠を超越する人外が現れる。例えば『魔道元帥』と恐れられ、平行世界を自由に行き来する宝石翁キシュア・ぜルレッチ・シュバインオーグ。

例えばシュバインオーグの系譜に名を連ね、その有り余る才能を極限まで磨き上げた果てに平行世界への扉『第二魔法』へと至った現代の魔女、遠坂凛。

平行世界を観測する手段を有する彼や彼女だからこそ知り得る事実がある。人間には……いや、人間に限らずありとあらゆる事象には無限の可能性が秘められており、ひとつとして完全に『同一』となる世界など存在しないということ。

そして、極めて稀ではあるが秘められた可能性がひどく限定された『モノ』が存在することを。

まるで世界が『そうあるべき』と定めているように、『何か』が明確な意図をもって手を加えたように、それらが持つ過程と結末の可能性は決められてしまっている。どうしようもないほどに、決定されつくしてしまっている。

その最たる例を挙げるとするならば、ある一人の人間が歩む生涯がいいだろう。

その少年、あるいは青年、あるいは壮年の男は『衛宮士郎』と呼ばれる。

彼の始まりはいつも紅蓮の業火の中。救いを求める声、絶望の叫び、怨嗟の呻きが渦巻き、煉獄と化した瓦礫の中で心身がガランドウの抜け殻と化す所から始まる。そして灰色に染まる雨空の下、後悔と絶望に塗れた『正義の味方』の残骸に救われ、ガランドウの心に愚かしくも尊い理想を宿すことになる。

絶対悪など存在せず、絶対正義もまた存在しない。弱者と強者、加害者と被害者が止まることなく入れ替わる世界の中で衛宮士郎は『正義の味方』を目指していく。近付くほどに遠ざかる陽炎を捕まえようと走る子供のように、ただ愚直に衛宮士郎は理想を追いかけ続ける。

身体に刻まれる傷も、流れる血も、衛宮士郎の側に居たいと願う人々も、『貴方は立ち止まってもいいんだ』とかけられた声も、何もかもを置き去りにして走り続けていく。

『救いたい』と願う自身の想いが欠片も無いままに、ただ『救わなければならない』という機械的ですらある衝動のままに、自分以外の『誰か』を救うために彼は幾度となく命を懸けた。

その果てに彼は現代では辿り着く者すら稀となった『英雄』と呼ばれる存在にまで登りつめることになる。

同時に決して抜けることができない輪廻から外れた『英霊』という名の無間地獄に囚われる。

過程を経る間に様々な差異やイレギュラーが発生する場合もあるが、ほとんどの場合は衛宮士郎が歩む生涯は苦難に満ちたものになってしまう。

衛宮士郎が持つ可能性が表出するどの平行世界でも、誰もが言葉を失い、あるいは涙を零すであろう彼の生涯ではあるが、どの世界でも共通して彼の生き様に深く関わるモノがある。

ひとつは幾星霜の時を越えて邂逅した美しい剣のような少女。

そして、もうひとつは歴史に名前だけが伝えられていた二刀一対の剣。

少女は少年の心をどこまでも深く、決して忘れることが無いほどに強く捉え、剣は少年が抱き続けた永遠に別離した少女への想いを映す象徴となった。




「投影――開始」

鍵となる言葉を紡ぎ、魔術回路を起動させる。回路を通して目的にふさわしい性質へと精錬された魔力を錬鉄、この身に刻まれた『剣』の属性を槌と炎としてある双剣を打ち上げる。青白い火花を上げ、両手の中へ生み出されたそれは古の時代、稀代の刀工が自らの妻を捧げ鍛え上げた夫婦剣。遙か遠い高みを目指す。ただ、その一心で創り上げた剣。

銘はそれぞれ『陽剣 干将』 『陰剣 莫耶』

刀工自身の名と、その妻の名がそのまま刻まれている。自らの理想のために命を捧げた妻への想いがそうさせるのか……たとえ片方が失われようとも、残る片方に引き寄せられ再び対となる名剣。

大切な者を犠牲にして高みを、己が追い求める理想をカタチにした刀工の信念が秘められている。

何処にあろうとも引き合い、どれほどの時間や距離があっても必ず共に在り続けるようにと夫婦剣に込められた創造理念。

類似というにはあまりにも自身と重なりすぎる歴史を持つからこそ、衛宮士郎はこの二刀一対の名剣に惹かれた。

限りある矮小な力しか持たない人間が望むには大きすぎるユメ、誰もが一度は心に浮かべるだろう愚かしくも尊い願い、まるで雲霞のように揺らめく遙か遠き理想。

叶えられぬ遠すぎる願いと知ってなお追い続けると決めたその想い。

「問おう――貴方が私のマスターか――?」

「シロウ――貴方を愛している――」

例え地獄に堕ちることになろうと永遠に忘れぬと誓い、黄金色の光に包まれて永遠に別離した美しく誇り高い少女への想い。

そして、衛宮士郎の象徴となった黒白の双剣にその生き様、心を言霊として刻み込んだ。

――鶴翼欠落不――
――心技至泰山――
――心技渡黄河――
――唯名納別天――
――両雄倶別命――

鶴翼は重ならず、ただ各々が道を進むのみ。命運は別たれ、別々の天に還ることになる。されど、心に刻んだ想いと信念が欠落することは無い。

いつしか『錬鉄の英雄』と呼ばれるモノへと成り果て、摩耗し壊れかけた残骸となっても、その手には変わらず夫婦剣が握られ続けた。

紅の弓兵と邂逅した少年の両手にも、未来の自分を打倒し乗り越えた少年にも、理想を捨てて違う道を歩むと決めた少年の両手にも夫婦剣は握られた。

そして恐らく、語られることは無い別の平行世界の衛宮士郎の両手にも、何らかのカタチで黒白で彩られた二刀一対の名剣は握られるのだろう。

愚かしくも純粋な理想と変わらない深い愛情が秘められた双剣は、『衛宮士郎』と共にあり続ける。
作品名:鶴翼ニ秘メシ想イ 作家名:茶虎亜樹