あなたの姿
であれば出直すしかあるまい。そう思い踵を返しかけた直前、執事のすぐ横の端末が入電のアラート音を鳴らす。その内容をすぐさま了承した執事は、目の前の客を引き止め、こう言った。
「アリアバートさまであれば入室して頂いて構わないと、ジュスランさまが申しておりますので」
慇懃に告げる執事に左程の感銘を受けるでもなく、アリアバート・タイタニア公爵は、彼の従兄弟のコンドミニアムへと足を踏み入れた。
部屋の中へ入ったアリアバートは、そこが無人であることに気がついた。彼の気配を察したらしい声が、次の間から聞こえて来る。
「アリアバート、こちらだ」
アリアバートがひょいと覗き込んでみるとそこは浴室で、彼が探していた人物は、身だしなみの最中だった。
もう少し具体的に言うと、髭を剃っているところだった。
「ふむ」
その様を見て、アリアバートの口から自然に言葉が漏れる。
「何だ?」
それをとがめて、ジュスランは問うた。
「いや、意外だなと思って」
「何がだ? 確かに髭を剃る公爵というのは、通常、人が目にするものではないと思うが」
アリアバートはそれを聞いて少し笑った。
「確かにそうだな。しかし、そうではない。卿はそういった雑事は周りのものにさせているだろうと思ってな」
「ふむ」
今度はジュスランが呟く番だった。
「フランシアは様々なことに気がついてくれるが、さすがに理容師の腕はもっていない。ほかの者に、おれの肌に刃物を当てさせる気は起きぬしな」
そう告げながらてきぱきと使い終えたひげ剃り器を片付けると、ジュスランはアリアバートの方を向いた。
「ザーリッシュ卿のように、伸ばしたりはしないのか?」
面白いことを思いついたように、アリアバートは語った。
「考えたことはないな」
「そうか。しかし髭をたくわえるのもいいかもしれないぞ。−−おれもやってみるかな」
それを聞いて、ジュスランが眉をしかめる。
「卿の髪の色が他の色だったら、それも悪くないかもしれんが……おれは似合わないと思うぞ」
「髪の色など関係あるか」
「ある」
軽い気持ちで思いついたことをきっぱりと断言されて、アリアバートは面白そうに困惑してみせた。
「何故だ?」
「卿は髪と肌の色にあまり差がないだろう。せっかく生やしても目立たない」
ジュスランは自信ありげに答える。
「ということは、卿なら似合うのかな」
アリアバートの返答に、ジュスランは戸惑った。
「おれが髭を生やした方が卿は嬉しいのか?」
いやいや、とアリアバートはジュスランを制した。
「似合うならそれもいいだろうというだけだ。いやなら、無理して生やすようなものでなし。しかし、似合うと思うがな」
いつになく人にものごとを奨める従兄弟に、『髭が似合わないと言われたことが、そんなに悔しかったのか?』と、赤毛の公爵は考えた。