甘やかされたいのです
登校をする前に、短い髪でも寝癖は付くので一応確かめてみれば指先に当たった小さな違和感。先端はまろい。手触りはざらつくこともなく滑り過ぎることもなく、けれども芯のある硬さを主張する。部屋にあった手鏡で検めると色合いは薄い乳白色。指の第二関節程のそれを摘まんで、僅かに力を入れて引っ張る。まあ予測通りに取れない。生えているみたいにきちんと感覚を伝えるそれはまさしくあどけない乳歯のようで。仕方がないので、制服の下にフードの付いたパーカーを着込み、そのフードを被り登校することにした。
きっとあの華やかな友人ならば、いつもは制服を着用する僕が私服をしていたのなら、途端につついてみせるだろうに。彼は今隣に居ない。園原さんの静かな佇まいでは故を尋ねられては来ない。後輩へ話すにはまだ時期が青い。第一自分自身に整理をつけられてなどいないというのに。
結婚指輪をしてもよい具合の長さまで生えてきた、小鬼の角のような突起を観察して溜息を吐いた。
「帝人くんてば、此処の処ずっとストレスを蓄積していたからかな」
何も毒を含むものが正直に毒々しい外見をしている確約はない。悪魔は蠱惑的な見目をしてはいけない規律はなく、人目を惹き付けてやまないもの程それだけの故があるのだろう。何の因果か僕と継続した恋仲であるらしい臨也さんに、むりくり暴かれたような行程を経て晒してみれば、かのひとの製作した道理のこんがらがった理に当て嵌められた感想を受け取らされた。言い足せば彼の根城である、新宿にある部屋なので逃げ場は用意されてなどいない。
随分と炭酸の抜けたコーラと同じく根も葉もない。万病の源ではあるというがストレスでもって哺乳類は生やすのだろうか。他者を理解するという行いは、得てして奢りが動機で原動力も傲慢な部類であるが、相対するおひとの問題もありそもそもが無理を極める。
早く俺のことだけを考えるこになっちゃえばいいのにね、と臨也さんは愛に飢えて飢餓寸前でいる兎のしそうな声音で小さくごちながら、神経が本腰を入れて通い始めた突起を撫で愛でる。痒いというよかこそばゆい。
「臨也さん。ちょっとそれ、や、です」
制止をしても薄まった効果しか望めないだろうが敢えてもの意思表示にと、僕を両の足と腕とで閉じ込めるという所有物扱いもといジャイア二ズムを発揮した座り方の、背後の恋人に声を掛ける。
「別段減るものでもないでしょ」
やはり此方の心持ちを把握した上で続けられる。
段々と、真新しい手遊びに専念する臨也さんが角を温める程に愛撫し続けて数十分が経過すれば。こそばゆく感じていた感覚がどうにもむず痒くもどかしいものになってくる。
「臨也さん、臨也さん。ちょっとなんだか、変なんです」
「俺もそう思うよ」
言いながら手は休めないのが恋人の持つ性質故に。
変だと、はっきりと言ってしまいたくないがそこを露にしてしまうのが臨也さんのしている性格だからこそ。
「うん。これ、抜けそうだね」
ああ、簡単に言ってくれて。慰めなんてものを、脊髄直通に吸収してしまう僕も僕だけれども。
作品名:甘やかされたいのです 作家名:じゃく