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天井の空色

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屋根裏の部屋の天井の色は空の色だ。
 薄く埃の舞う空気の中を、まっすぐに差し込んでくる陽の光。
 冬も暖かく屋根裏部屋を照らしてくれる。
 屋根裏に取り付けられた硝子の窓は四季折々の陽の光を家の中へと入れてくれるのだ。そこに舞い落ちる六角の雪の結晶も、春の桜の花びらも、夏の強い日差しも、秋の澄んだ空気も、みんなみんなその家を取り囲むものたち。彼はそれが、とても好きなのだ。
 …という話を告げると、彼女の兄は驚きに目を見開き、自分の妹を見つめた。
 彼女自身は兄の驚愕した様子に気がついていない。
 今日は少しは気分が良く、彼女は病院の食事についてくるなけなしのデザート(大抵は小さな容れ物に入ったヨーグルトだ)を嬉しそうに食べていた。重い病で食事にも制限がある彼女には、いかな兄と言えど甘い菓子の一つも差し入れてはやれない。
 その日も、そうして短い時間だけ兄の見舞いを受け、その間ははしゃいでいたものの、またすぐに身体の具合が悪くなり、彼女は寝てしまう。

 彼女は家族である兄と同じくらい長く看護士や医師とつきあっている。白い壁と天井は清潔感を伴って彼女の生活を取り囲む。
 それが彼女の世界の全てだ。
 周りの大人は全てが彼女を甘やかすが、さりとて彼女はそれがためにスポイルしてしまうことすら出来ない。彼女の周りでは全ての時間が飛ぶように過ぎて行ってしまうからだ。
 稀に彼女はその時間帯を飛び越えることがある。
 常に意識してのことではないため、その力には何の実用性もない。
 だが彼女はその間に色々なものを見ていた。
 天井に窓のついた屋根裏部屋のある大きな家のこと。他にも部屋はあるというのに好き好んでそこを自分の部屋に定めたその家の少年のこと。その少年は今の彼女よりも幼い。
 そこには少年の両親もいて、ある日しばらく家を空けていた母親が小さな赤ん坊を連れて帰ってくるのだ。
 別のものも見る。大きな滝だ。彼女は、滝というものを自分の目で見た事がない。でもその滝が氷で覆われて水の流れを止められてしまっていることがどんなに不自然なことなのかということは解る。なぜ解るのかは、解らない。冷たい空気の中、黒い髪を散らして何かに専心している男を視る。

 またある時彼女は、月の裏をも視る。人里離れた山の中で人知れず暮らす者たちも。高い鉄塔の上も。赤い落日も。沢山の人がいる街中で立ち尽くす兄の姿も。
 もしもそれらを視ている時の彼女の様子を見ている人があったとしたら、彼女の虹彩が淡い金の光を放っている事に気がついたかもしれない。だがそれはほとんどが夜、彼女が眠っている間に行われたため、瞼の下のその瞳孔を見るものは、誰一人いなかった。今となってはたった一人の肉親となった彼の兄でさえ、そのことを知らない。ただ妹の言動から彼女にそのような力があることを薄らと推し量ることしか出来ない。
 しかし、彼女はその中での優先順位が、つまりどの絵が自分や兄にとって、一番大切な預言ともなり得るものなのかが、解らない。全ての絵は彼女の目の前を、ただ流れていってしまうのだ。
 強い風が、兄を飛ばそうとしてしまうことも。目が覚めたときは恐ろしい悪夢として認識出来ているが、しかし次に眠りに就く時まで憶えていることはできない。
 風のように激しく現れ、同じくらいに慌ただしく去って行く存在も、やはり彼女は目にしている。
 勿論そのことも、彼女の中では蓄積されることなく過ぎ去ってしまう。
 風としての属性そのままに。
 もし全てを憶えていられたとしたら、彼女はその光る目でそれを兄に告げるだろうか。
作品名:天井の空色 作家名:西脇せる