傷口
名を呼ぶと男はようやく伏せていた顔を上げた。
先程まで食まれていた左の殆ど無い薬指が唾液に塗れててらてらと妖しく光っている。
根元からざっくりと切り落とされた傷口は既に完全に塞がっているものの、その断面は未だ皮膚が薄い。
血管の透ける薬指の断面から少しばかり浮き上がった骨に軽く歯を立てられ、舌がその形を辿る。直接神経に触れられる衝撃に図らずしもくぐもった声が漏れた。
それに気を良くした男は上目遣いに此方を見返す。
視線を正面から受け止めると、マリクはにやりと口元を歪ませて今度は強く、掌へがぶりと噛み付いた。
殺意と言うには弱すぎる。愛撫と言うには強すぎる。
中途半端なその痛みに混ざる舌のぬるりとした感触。
背筋を震わす程に昂ぶった感情に任せて男の肩を押してシーツに沈める。
そのまま左腕に咬みつこうも、目に入るのは真新しい包帯に覆われた其処。
浅黒い肌に対比される白さに飛びかかった理性を取り戻す。
勢いよく押し倒しておきながらその後肩に手を掛けたまま微動だにしない俺をその目に映し、男は喉の奥で声を押し殺し笑う。
「……そんな脆くねえよ」
脆さの証拠を今此処に晒しながら何を言う。
「ほら、何をしてくれるんだ?え?」
ああ、こんなにも脆い癖に俺を煽るのは妙に上手い。
無防備に腕を広げながらも、下手に触れれば咬み殺されそうなぎらぎらした情動が透けて見える。
――手負いの獣が最も厄介なのは知っていたはず、だったのだが。
苦し紛れに包帯の上に軽く口付ければ、片腕の男は声を出して俺を嗤った。