ヨッパライでもきみがすき
そうだ、法的に「飲んでもいい」とされている年齢は超えている。
それの何が悪い?
-ヨッパライでもきみがすき-
明日から5月だというのになんだ、この寒さは。
昼は春物コートを羽織っていてもちょっと急な運動をすると汗ばむくらいの気温だったというのに、夕方(主に5時以降)に急激に冷え込むこの中途半端な気候は何なんだ。
ここまでくると、寒いか暑いか、その中間か、とにかく、どれか一定の気温を保て。
面倒だ。
キリッとした空気が、暑い頬と息を冷やす。
一方で学生御用達の安居酒屋のネオンだけが黄色や緑とごちゃごちゃした色で煌々と辺りを照らし、また、デカデカと掲げられた赤の店名が一層やかましさを引き立てている。
やかましい。
酔っ払った学生がフラフラ歩き、川沿いに植えられた柳に首筋をくすぐられ「首、痒っ!」とか素っ頓狂な声を出している。
阿呆か。
天(※ちなみに、大学生になっても学内のあちこちの同好会の助っ人をやっている)から、
「俺様が助っ人やってやったサークルから、新歓あるから来ねぇかって言われたんでいっ!
千、オメェも来いっ!人数は多い方がいいだろ?!
なっ!?」
そう言われたのが、3時間前。
3時間前だ。信じられるか?そういう予定は急に言うな。
そして今、新歓が終わり、先ほどまで飲んでいた店の前でこうしてたむろしているわけだ。
アホ天め。
「俺様、新歓って初めてだぜぇ~~~!!!たっのしいよなぁ!!!なぁ!?オメェもそう思わねぇか!?!?」
「そうっすね!成宮さんっ!!!」
さっそく(誰かわからんが)後輩を従えるほどにこの場に馴染んだ天が、店の前で大声を出す。
「あー、なんか俺様、体動かしてぇっ!!
これからダーツ行かねぇか!?ダーツ!ダーツ!!」
「いっすね!」とわらわら男どもが天に寄る。
そもそも、当然俺も行くものとして頭数に入れるな。
うっとおしい。
「おい!千も行くよな!?」
遠くで天の阿呆っぽい声が聞こえる。
職務放棄だ。
俺は密かに輪から離れた。
「お~~~~~い!千っ!!
どっこだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?!?」
土曜の繁華街に阿呆っぽい声が響いた。
足元から冷たさを伝えるような廊下を歩き、しん、とした廊下を歩く。
足は真奈美の家に向き、意識は完全に真奈美に向いていた。
元々、土曜は共に過ごす約束をしていたのだが、電話で天に新歓に誘われたことを伝えると、
「大学ではそういった横の繋がりも大事だし、行ってきたらいいよ。早く帰れそうなら来てくれたら嬉しいな。」と言っていた。
時計は11時前を指している。店の予約の関係で、開始時刻が遅かった結果だ。
受取っておいたスペアキーを指す。
カチャン、と鍵穴からの音がやたら大きく響いた。
玄関だけではなく、どの部屋も電気が付いている様子はない。
風呂の、シャワーの音もない。
「真奈美……?」
豆電球だけが付いた部屋で、きちんと布団をかぶって横たわっている真奈美がいた。完全に寝ていた。
「……遅かったか……。」
まるで小学生のような就寝時間だったが、平日が激務な分、それは仕方のないことだった。
「残念だったな……。」
真奈美を起こさないように、顔を近づける。豆電球では見えにくい。
子どものように少し空いた唇からは、規則正しくすぅすぅと寝息が聞こえ、肩が揺れるたびに一緒に胸も上下している。
シャンプーしたての髪は、いつも通り柔らかそうで、その上、いいにおいがしていた。
「お前の起きている時に会えなかったのが残念だ。」
聞こえているはずもないのに、耳の横でぼそりと呟く。
唇を真奈美の耳元に近づけすぎたせいか、耳たぶに少し触れた。
外の空気で冷えた唇が溶けそうなほどだった。
もっと、このぬくぬくした物体に触れたい。
「今なら、寝込みを襲うヤツの気持ちが分かるな。」
頬に、瞼に、鼻の先に、顎に、耳たぶに、こめかみに、と思いつく場所に全て唇を寄せる。
「真奈美」「真奈美」「真奈美」一度接吻をするたびに名前を呼ぶだけなどと、我ながらなんとも捻りが無い。
だるい体と、冷たい唇と、このぬくぬくした物体が相まって、捻りのある言葉が浮かばない。
頬に自分の鼻先をくっつけると、冷たさの所為か、一度真奈美の体がぴくん、と跳ねた。
くそ…、なんて可愛いんだ…!!
頬に赤い跡が付くほど吸いたい衝動に駆られる。
起こすわけにはいかないのは重々承知だ。
だから最新の注意を払って、鼻から大きく息を吸い込む。
風呂の石鹸と布団と真奈美のにおいで、邪な気持ちと純な気持ちで胸の中がごちゃごちゃする。
息を吸い込む、すん、すん、という音が部屋いっぱいに広がった、気がした。
「酔っ払ったら無礼講」だろ?先生。変態と言いたければ言え。
「真奈美……。」
一言名前を呼んだ後、唇を重ね、額を二回撫でた。
本人は「デコッパチ」なことを気にしているが、俺は、そんなところも含め気に入っているのだがな。
そして、床にゴロンと寝転んで眼を閉じた。
寒さは感じなかった。
そのまま意識が落ちていった。
/// after that ///
隣でゴロリと横たわった人物が寝静まったのを見計らい、むくりと起きる。
実は……寝てなかったんだよ……千聖君。
(う~~~~~ん、千聖君って、酔っ払ったらあんな風になっちゃうんだね。)
真っ赤になったほっぺを抑えて考えた。
(それにしても、くすぐったかったというか何と言うか……。)
まさか、犬みたいにかがれるとは思ってなかったよ。
(千聖君、ちょっと、変態っぽかったよ。)
隣で寝息を立てる年下の恋人を見て、
真奈美はちょっとだけ、
ほんのちょっとだけ、
溜息をついた。
<END>
作品名:ヨッパライでもきみがすき 作家名:みろ