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永遠回帰

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それは古いマンションで、文明が発達し過ぎた昨今、寧ろこれほどまでにレトロな建築物も無いのではないかと思えてしまうような一室だった。流行というのはぐるりと一周するとまた流行になるんだと言ってレイが拘った結果、驚くほど重く、更に細部にまで凝った細工を施した鉄製のドアを押し開けると、ぷんとシチュウの良い香りが漂ってきた。
 閉じかけたドアの外に顔だけを出し、こちらからは何処にいるかもわからないSPに異常なしのサインを送る。毎度毎度お勤めごくろーさん、の気持ちを少しばかり込めて。
「お帰り、シン。外は寒かっただろう」
 キッチンでくつくつと音をたてる鍋を覗き込み、レイの腰に腕を回してただいま、と伝える。昔より少したくましくなった背中にしがみつくと、レイは外気で冷たくなった俺の頬を両手で包み込んで早く手を洗って来い、もうすぐだから、と言って鼻の先にキスをした。頷き、お返しにレイの額にキスをして俺は笑う。レイも笑う。

 ここに来てからのレイは良く喋るようになった。
 以前のレイを知るルナやヨウラン、ヴィーノやメイリンが見たら驚いて腰でも抜かすんじゃないかと想像するだけで愉快になる。
 レイが盛り付けたサラダをテーブルに運び、新聞をレイのデスクに片付けて点けっ放しのままのパソコンのモニターに目を遣った。
 相変わらず小難しい仕事させられてんなーと羅列した文字…というか既に暗号と化したデータに眉を寄せていると、キッチンの奥からパンはいくつ食べるのかとレイに問いかけられ、振り返った俺は指をピースにしてレイに答える。
「シン、今日は検査だったのか?」
 頷いて、手のひらをパパッとグーとパーの形に動かした。
「…キラ・ヤマトか……なぁシン、以前から思ってはいたがどうしていつもシンの検査とDNA採取は彼なんだ?」
 さぁ?俺が首を傾げるとレイは納得がいかないというように瞑目して溜息を零した。
 どうもレイはキラさんのことが苦手(というか嫌い)なようで、俺とキラさんが外部で接触をするのが気に入らないらしい。…まぁ、わからなくもないけど。
 なーなーレイ、それってヤキモチだったりすんの?ニヤニヤとレイを覗き込むと、視線が煩いとぴしゃりと撥ねつけられた。
 …こーゆうところだけは変わんないんだもんな、博士にお願いでもして弄ってもらおうかと物騒なことを冗談めかして想像していたら、さっきはキスをくれた鼻先をぎゅうと摘み上げられた。
「…またロクでもないことを考えているな、お前は」
 …ほんと、レイって読心術でもできるんじゃないかと時々本気で思う。以前そんなようなことをレイに伝えたら、お前がわかりやす過ぎるんだと一蹴された。でも、でもそれって寧ろ好都合なんじゃんって、今なら素直にそう思える。
 なーレイ?
「何だ、おかわりならたくさんあるぞ」
 ちーがーうー!
「…何だ、キスのおねだりか」
 唇を尖らせた俺に、レイは茶化すように眉を上げるとくくくと笑った。
「…冗談だ、シン」
 いや別にキスでもいいんだけどそうじゃなくってさぁと鼻息をフーッと吐くと、すっかり忘れていた大事なことを思い出した。
 空になった食器をキッチンに片付け、クローゼットの中のダウンジャケットのポケットをまさぐる俺をレイは暫く黙って眺めていたが、密封されたパックに入ったカプセルを差し出すと、少しだけ悲しそうな顔をして笑った。
 月に二度、俺はこうやってレイの薬をラボから預かってくる。これこそが国家機密であり、トップシークレットのひとつなのだ。そしてそのたびにこうやって俺はレイの悲しいような、困ったような顔を何度も何度も、今までも、これからもずっと見続ける。
 ―――そう、これは俺に死が訪れるまで永遠に続く、俺とレイが受けなくてはならない罰なのだ。生かされているということを確認するための儀式。

 いつか、レイと交わした約束があった。

『レイがどこにいても、レイじゃなくなっちゃっても、俺は絶対レイを見つける』

 それはほんのささやかな口約束で、子供だった俺たちの他愛もない気休めだったのかも知れない。
 けれど、俺はその約束を守りたかった。だから必死でレイを探した。利用できるものは何でも利用した。汚いこともたくさんしたし、危ない橋も平気で渡った。そうしてやっと見つけたレイは、レイであってレイではなかった。
 その時既に国家機密として国に護られていたレイを連れて俺は逃げた。何処でも良かったのだ、レイが俺をシンと呼んでくれたその瞬間、俺はもうそれだけで充分だって、もうこれでいつ死んでもいいって本気で思った。当然捕まったら生きて戻ってはこれないことくらい覚悟はしていたし、それで良いと思っていた。けれどあっさりとそれ相応の機関に保護され、第一級犯罪者として死刑を宣告されたはずの俺は今こうしてここにいる。
 俺は国に遺伝子を提供することを条件に、レイはクローンとしての生態研究の材料となることを条件にして。
 そして俺はもうひとつ―――

「…シン、お前は後悔しているか、俺と…」
 言葉を遮るようにレイの唇に指を当て、シンはふるふると首を左右に振った。椅子に腰掛けたままのレイに跪き、一語づつ、大きく唇を動かしてレイに伝える。
 お れ は し あ わ せ だ よ
「シン……」
 レイの膝に頬を乗せて目を閉じると、それだけで心が安らいだ。髪を撫でるレイの手は少しだけ震えていて、俺はそんなときいつもレイ、愛してるよと心で繰り返す。
 
 ねえレイ、俺の声、レイに届いてるよね…?
作品名:永遠回帰 作家名:いち