勘弁してください
今思い返してみれば、その日は本当に色々大変だった。
いや、その日になる前からも準備だ警備だ根回しだとちょっともう色々大変だったんだが、当日のあの拷問のような時間に比べればたいしたことはなかったと、今なら胸を張って言える。
いや、それはもう本当に凄い苦痛だった。
長時間煙草も吸えないままよく耐えられたな自分、と己を褒めた上で、同じ時間を共有したその場にいた者全員で万歳三唱と握手の嵐でも交わしたい心地だ。
気分は戦地帰り。(行った事ないけど)
誰でも良いから誰かによくぞ耐えた、と褒めて欲しい。
ちなみにその元凶さんたちは何とも思っちゃいない辺り心底切ないが。
始まりはいつもの事、だった。
毎年定例で行われる行事の一つ。
激励会だか何だか知らないが、各司令部に中央からお偉いさんがやってきて、有難い講釈たれていただけるという、一体何の為にあるのか分からない行事の中での事。
壇上には、名前聞いた事あったっけ?なちょっとばかり頭の淋しい将軍閣下。
最初は何となくそれっぽかった演説が、いつの間にやら過去の戦地での輝ける栄光話に逸れだした辺から、何か流れがおかしくなってきた。
何時の間にやらなんかホントなんだかフカシなんだか分からない自慢話になってるんですが、え、これオレら最後まで聞かなきゃいけないわけ?と思っても、しがないオレたち下士官達は厳粛にご拝聴していなければならないんだな、これが。
それは勿論、この東方司令部ではNo,2の地位にあれど、ただいま絶好調な閣下には1歩届かぬ我らがボスも同じ事で。
見る奴が見ないと分からない程度には隠しているようだが、いい加減付き合いも長い。表情の変化に乏しいと言われている(ちなみにオレはそれは嘘だと思う)その顔で、上官が何を考えているか、何時の間にやら何となく分かるようになった。
別に欲しくもなかったスキルだが、GETしてしまったものは仕方ない。時折役に立つが、今回は微妙なパターンだ。
取りあえず、護衛官としてホークアイ中尉と並んで傍らに控えつつ、ちらりと様子を伺ってみる。
・・・飽きたな、こりゃ。
初見はそんなものだった。
が、飽きたと言っても、別に見るからに即ばれるような分かりやすい緩み方をするような可愛げはない。
表向きはいかにも真面目に聞いている風を装ってはいるが、制帽から覗く瞳にはいつもの覇気はない。
だるだるのだれだれだ。
たぶんこれは隣に並び立つ人物との関係もあるかもしれないが。
「あー…んなトコにつっ立ってねぇで帰りてぇなぁ」
「…だったら連れてくるな、あんなの」
「別に行かなくてもいーのにわざわざ出てきたんだぜ。よっぽどお前の事好きなん」
「カンザスでの一件」
「ごめんなさいもう言いません」
・・・辺りに自分たちをよく知るメンツしかいないのを良い事に、並びあった2人はいつも通りネタに走っているようだった。
視線は勿論壇上を注目。遠目にはちゃんと聞いてるように見えるだろうけど、実際は2人ともまったく態度も表情も変えずに淡々とした口調で漫才を続けている。
器用なことだ。だからこそ、余計バカにしてるというか何というか。
・・・というかアンタら何処の学生ですか。
もういっそ声を大にしてつっこみたいのは山々だが、ここは反応したら負けだ。
最早残っているのはその一心。同じように聞こえているのだろう、すぐ背後でプルプルしてる連中に心の中で、耐えろ、とエールを送った。
そんな感じで水面下でかなり頑張っているオレたちを全く意に介さず、呑気なやりとりは続いている。
「…おっさん寂しくなったよなぁ…お前カツラでも錬成してやれば?」
「発案者名を添えてポストにでも突っ込むか」
「感謝されるかもよ、すっごい」
「差出人はグルド閣下にしておくか」
「あー、第何次かの身内間抗争の特等席へご案内だな」
訂正、不穏なやりとりは続いている。
・・・というかいい加減にして貰えないだろうか。
いい加減、耐えるのも限界があるんですけど。笑いたい時に笑えないって結構しんどいんですってばねぇ。
…そう訴えたくとも、肝心の2人は向こうを向いているからアピールのしようもない。
もういっそ中尉に小突いて貰おうかと思った時、不意に会話が途切れた。
ちょうど壇上の閣下のありがたいお話は佳境に差し掛かったようだった。
ちょっとリキんだ拳を振り上げなんかして、今から何処へ出陣ですか、というご様子。
あー…チカラ入る余り、汗かいてきてるのが遠目でもよくわかるんだが。
「・・・眩しいな」
小さく。
本当に小さく聞こえたその発言に、その一帯に陣取っていた将校・下士官は皆一様に不自然な咳払いを漏らして俯いた。
だからちょっともうマジで勘弁して下さい。