FATE×Dies Irae 1話-3
遠坂凛の顔に驚愕が走る。
「知っているのか、凛?」
「知っているも何も、魔術師(わたし)たちの世界でその悪名(な)を知らない奴がいたらモグリよ。第二次世界大戦時のナチス・ドイツで暗躍した十三人の魔術師たち。協会だけでなく教会、果ては国連からも指名手配のかかってる封印指定の魔術師集団よ。確か二十年ぐらい前に、日本で大魔術儀式(アルス・マグナ)に失敗して以来、構成員の大半の消息が掴めなくなったって話だったけど、そんな奴がどうしてここに? それも英霊ですって?」
信じられないとばかりに目を剥く凛に、当事者であるはずの神父までもが頷きを返す。
「ええ、まさにそこです。恐れ多くもこの私が英霊などと、荒唐無稽も甚だしい。あるいは、この聖餐杯(うつわ)をもって英雄の資格ありと判じられたのかもしれませんが、しかし、それにしても解せない。そも、万能の願望器と言えど、城の一部と化した私を呼び寄せるなど果たして可能なのか? まあ、そこはおそらく副首領閣下の差し金でしょうが……。それにしても、万能の願望器に干渉し得るあの御方は本当に何者なんでしょうね」
「聖杯に干渉ですって? そんなことできるわけ――!」
「凛」
狼狽える凛を、アーチャーが強い口調でたしなめる。
「奴の口車に乗せられるな。いずれにせよ、私たちが為さねばならないことに変わりは無い」
「い、言われなくても分かってるわよ!」
羞恥に顔を赤らめ、反駁する凛。
「――トレース・オン」
臨戦の気配を漲らせ、虚空より浮かびあがった双剣を握る。
干将・獏耶。アーチャーが最も好んで振るう二刀一組の宝具――厳密には、そのコピー。
「ほう……。双剣使いの弓兵とは、これはまたけったいな」
「ふん、徒手空拳の槍兵ほどではないさ」
手に持った双剣を隙なく構えながら、アーチャーは皮肉の言葉を投げ返す。
こちらがすでに臨戦態勢を見せているにも関わらず、対峙するランサーは一向に武器を取りだす気配を見せぬまま、だらりと両腕を垂れ下げ、隙だらけの長躯を晒している。
「これはごもっとも。――さて、どうしました? いつでも構いません。どこからなりとも掛かってきなさい」
アーチャーは動かない。
(何のつもりだ……?)
一見して隙だらけ。だが、それゆえに仕掛けることが躊躇われる。
とはいえ、このままただ睨みあっていても始まらない。
(まずはその手並み、拝見と行こうか!)
疾走。数十メートルと離れた距離を一息に詰める。
「はっ!」
横薙ぎに振るわれた刃が、神父の首へと奔る。だが、この期に及んでなお、神父は静かに笑みを湛えたまま微動だにしない。
(獲った……!)
余裕に満ちた神父の物腰に一抹の疑念を過らせながらも、勝利を確信するアーチャー。
だが――
――ガキンッ!
「なっ……!?」
飛び散ったのは流血ではなく火花。
目の前に広がる想像外の光景に、アーチャーは絶句した。
アーチャーとて馬鹿ではない。ランサーがこちらの一撃を凌ぐ何かしらの策を有していることぐらい容易に想像はついていた。しかし、防御するでも回避するでもなく、まともに食らったうえで刃を弾き返すなど、流石に予想の埒外だった。
「――っ!?」
迫る風切り音が、空白と化したアーチャーの注意を引き戻す。アーチャーは繰り出された掌底を刀の腹で受けとめ、その反動を利用し、背後へと飛び退いた。ランサーは追撃するでもなく悠然とその場に佇み、傷一つない首筋を矯めつ眇めつ擦っている。
「ふむ。仮にも英雄の一撃。あるいは聖餐杯を砕くに足るのではと内心冷や冷やしていたものですが、流石は流石、我らが首領閣下はまこと恐ろしい御方だ」
「ちょっと! 何やってるのよアーチャー!」
非難の叫びがアーチャーの背中に浴びせかけられる。
さもありなん。無防備な相手にくれた渾身の一撃が、敵に何ら痛痒を与えていないとあっては、サーヴァントとしての己が力量を疑われたとしても文句は言えない。
「何、恥じることはありません。私の知り得る限り、この器を砕き得る存在は唯一ただ一人だけ。今の一撃とて、ベイ中尉の拳に勝るとも劣らぬ見事なものでした」
「ふん、たかだか一撃受けたぐらいで勝手にこちらの力量を決めつけないでもらいたいな」
アーチャーは薄く笑む。
「ふふ、その意気や良し。では――」
芝居がかった調子で両腕を広げ、邪なる聖者は厳かに告げる。
「――改めまして、今宵のグランギニョルを始めましょう」
作品名:FATE×Dies Irae 1話-3 作家名:真砂