追悼
無情なその記事を見たとき、エドワードは自分では処理しきれない感情でいっぱいになった。
自分への怒り、悲しみ。
そしてもう二度とあの面倒見のいい彼に会えないという喪失感。
知らなかった。何一つ、知ることもなく。
中央に帰ってくればまたあの笑顔が迎えてくれると思っていた。
(なんで…!どうして!!)
必死に走り出して、真相を突き止めようとして、だけど何もわからないまま。
時間はあまりにも無情に過ぎてしまっていた。
エドワードはどこまでも無力だった。
(ヒューズ中佐…)
行き場のない想い。自分ひとりでは抱えきれなかった。
だけど、弟やウィンリィの前では、泣くわけにはいかなかった。
気づけば、夜は更け、エドワードは一人で街中を歩いていた。
宿からどこをどう歩いてきたのか、もう分からなかった。
力無く街灯に身体を凭れかけたとき、ぐいっと乱暴に腕を引かれる。
誰かの胸板に顔がぶつかった。
「何をしているんだ鋼の!」
厳しい声に顔を上げると、黒髪の青年が眉をしかめてエドワードを見下ろしている。
「あんたかよ…」
ほんの数時間前にロス少尉のことで険悪になったばかりだった。
「離せ!」
「騒ぐな。誰が見ているかわからないんだぞ。来い!」
無理やり引っ張って行かれる。
エドワードは成すがままに目の前を行くロイの後ろ姿を見た。黒いコートがはためく。
路地に入り、一軒のアパートの部屋にたどり着いた。
ロイは無言で扉を開ける。部屋の中はダンボール箱が積み重なるようにして無機質に置いてあった。
「ここは…」
「私が借りているアパートだよ。中央では来るのは初めてだったな。鋼の」
「ああ…」
「それと迂闊なことを外で話そうとするな」
ロイがため息とともにそう言いながら、コートを脱いだ。軍服ではなく、白い開襟シャツが覗く。
エドワードは、ロイに向かって言いたいことがたくさんあった。
なぜ中佐が殺されたことを隠していたのか。
なぜあんな形でロス少尉を殺さなければならなかったのか。
(なぜ、俺に何も説明してくれないのか…)
だけどこらえた。
そうしてロイに詰め寄ったからといって、自分の罪は消えない。
ただのやつ当たりだ。
だけど
(嘘はつかないで欲しかった)
たとえ自分たち兄弟のことを思って、死を隠したのだとしても。
「クソ大佐…!」
エドワードはロイの胸ぐらをつかんで、睨み上げる。
ロイは拒まない。何も言わない。
ただされるがままにエドワードを見下ろした。
「ちくしょうっ!!」
そのロイの目を見たくなくて、エドワードは額をロイの胸に押し付けた。
左手を何度も打ち付ける。
「ちくしょう!何でなんだよ…!」
「鋼の」
ロイがエドワードに腕を回して抱きしめた。
「すまない」
耳元でそう、ロイが呟く。
「なんであんたはいつも…!」
エドワードの目から涙が溢れ出した。
泣いてはいけない、そう思うのに。
この胸の中では我慢ができない。
「知ってんだよ、あんたが…」
くぐもった声になる。
「あんたが誰よりも、悲しい…」
誰よりもヒューズを信頼し、背中を預けあっていた。
自分にはわからない絆がふたりの間にはあった。
(俺の知らないとこで、あんたがどれだけ悲しい思いをしていたか)
聞かなくても、わかる。
「大佐…!」
涙はもう留まることを知らなかった。
あとからあとから溢れてくる。
「大佐……、ごめん…ごめん……!」
「やめるんだ。君のせいじゃない」
肩に回された腕に力がこもる。エドワードは伏せていた顔を上げてロイを見た。
無意識に声が漏れる。
「ああ…」
手を伸ばす。その悲しみに覆われた顔に。
何も言わない男の頬を静かにつたい落ちる涙をぬぐう。
「鋼の…」
そのエドワードの手を掴み取って、ロイの唇が降りてくる。
エドワードは瞼を伏せて、受け入れた。
その口づけは、涙の味がした。
エドワードもロイもまるで置いていかれた子どものように、お互いを慰めあうように唇を求めた。
ロイの舌がエドワードのそれを絡めとる。
エドワードは腕をロイの首に回して、少しでも熱が伝わるように、身体を密着させた。
ロイの身体が震えているのが分かる。
唇が離れる。
「ヒューズ…」
何よりも何よりも悲しみを含んだロイの声が漏れる。
その声に、エドワードの瞳からまた新たな涙がこぼれた。
「大佐…」
目を伏せ涙を流すロイの頬をそっと手のひらで包み込む。背伸びをして、エドワードは自分から口づけた。
お互い、抱きしめあう。
「ヒューズ中佐…」
エドワードは瞳を閉じる。
この心に空いた隙間を埋める術を、ふたりとも知らない。
ただ、祈る。
祈るしかなかった。
(中佐、ごめん…ごめん…)
誰よりも家族と仲間を愛していた人。
かけがえのない人。
「中佐に、ありがとうって伝えたかった…」
「ああ、きっと…」
届くさ、そうロイが囁いた。
何もない部屋、ぽつんと置かれたベッドに、二人で倒れこむ。
窓から注ぐ月の光を遮るように、ロイはブラインドを片手で無造作に下ろした。
暗闇でお互いの熱を分け合って。
ただふたりで、祈った。
誰よりも愛し愛された男が、
安らかでありますように。
I pray his soul may rest in peace...