コンビニへ行こう! 後編
「そうなんですか?そんなふうには見えませんけど……」
「っだ、だから!君を前にすると言葉がうまく、出てこなくて、あのっ」
実際、これは一体どういうことだ、と思うくらいに言葉は上手く出てこない。他人を煙にまくことくらい、本当なら朝飯前なのにこのていたらく。間違ってもスマートなんて言えないぎこちなさで、それでも一生懸命、帝人の瞳を見据える。
このぎこちなさ、沸騰しそうな感情の温度、うまく出てこない言葉も、張り付くように乾ききったこの喉も、そのすべてが帝人への恋のせいならば。
不器用に、君に伝えよう。
それが一番分かりやすいはずだ。
「君が、好き」
掠れた声はとても小さくて、もしかしてこの部屋が防音じゃなかったら、外の雨音にかき消されてしまうんじゃないかというくらい頼りなかったけれど。
「全然うまく言えないけど、あの、どこがとか、どのくらいとか、どうしてとか、そういうの、言葉にならない」
「……臨也さん」
「気づいたら、もう、君が好きで、だから、今、多分全身細胞にいたるまで、俺の全部が、君を好きなんだ。それ以上に、なんて言ったらいいのかわからないよ……」
これ以上無いほどストレートに、伝えたその言葉は、帝人をほんの少しだけ驚かせて、そして。
「……臨也さんの、そういうところ、僕好きですよ」
帝人があまりにもあっさりとそんなことを言うから、そうじゃなくて!と臨也は顔を上げる。人生最大の山場で、決死の告白をそんな風に流されたら、この先どうすればいいんだ。しかしそう文句を言おうとした臨也の唇に、ふと、なにか暖かいものが触れた。
ちゅ、と。
「……」
「……えへへ」
一瞬影になって、すぐに離れたのは帝人の、顔。
何?
ってことはさっき、唇に触れたのは、もしかして……?
「……っ!?え、あ、ふぉ!?」
「臨也さん、日本語日本語」
「い、いいいいま、キス、何、どどどどう言う」
「うーん、なんていうか、臨也さんって意外と馬鹿ですよね」
「馬鹿!?」
ガーン!とショックを受けた臨也にだからね、と笑いかけて、帝人は少し照れたように染めた頬を軽く押さえた。
「だって僕、臨也さんの感情知ってるって言ったじゃないですか」
「い、言ったけどあの」
「コンビニで抱き合って臨也さんが僕に欲情するって分かって、それでも臨也さんの家に来たんですよ?普通に考えたら僕の貞操の危機でしょう?」
「ごめんなさいすみませんマジすみません!」
「だーかーらー!」
土下座の勢いで頭を下げた臨也に、もう、どうしようもないなあこの人は、という顔で、帝人がまた笑う。それはくすぐったそうで照れくさそうで、やっぱり臨也から見れば天使のように愛らしかった。
「それが分かってたのに、何で僕がここにいると思うんですか?」
だってそんなの信じられない。
それを信じて、またどんでん返しが起こって失恋したりしたら、本当の意味で死んでしまう。けれども帝人の微笑を、もしかして、臨也は信じていいのだろうか。
一気に熱を持った頬は、きっと今ポストのように赤いだろう。それでも震える声で、一応の予防線を張る。
「よ、余程の、ヘタレだと思われてる、とか」
自分でいっておいてなんだが、本当にそうなら相当凹む。否定を期待する臨也に対し、少し考えこんでから帝人はおもむろに。
「まあそれは思ってますけど」
「いっそ殺してぇええ!」
「ああもう、だからね、そうじゃなくて」
瀕死の表情に変わった臨也をなだめるように、帝人は慌ててその頭に手を伸ばす。
そして、よしよし、と撫でること二回。うるっと涙を貯めた臨也の目元に、もう一度唇を寄せた。
軽く口づけて、今にも溢れそうな涙をぺろりと舐める。
「っ!?」
息を飲んで硬直した臨也を、もう一度撫でて、帝人は。
「僕は今日、臨也さんのことを、ほかの誰かに渡したくないなって、思っちゃったんですよ?」
だから着いてきたんです、とはにかむ。
ああ分かった、この子は天使なんかじゃなくて、恋と呼ばれるもの、そのものなのか。今日何度も何度も天国と地獄を行き来した心臓がひときわ大きく跳ね上がって、臨也は大きく大きく、息を吐く。
「も、死にそう……!」
もちろん、原因は過度の幸せで!
作品名:コンビニへ行こう! 後編 作家名:夏野