<5/4scc>冬の二人、春の僕等。<sample>
「は?」
「そんな―――迷子みたいな顔」
「いや、違うな。捨て犬か」
「拾って、やろうか?」
…とても寒い日だった、と思う。
終業式を終えた僕は、一人で池袋の街を歩いていた。灰色の雲が空を覆い、昼だというのに街はどんよりと薄暗かった。それでも人々は足早に、いつもと変わらない表情で歩いていく。みんな忙しそうだな、と思いながら僕はゆっくりと人ごみの中を縫うように歩く。この街に来たばかりの頃は人にぶつかってばかりでうまく進めなかったけど、今はそんなことは無い。考えごとをしていても携帯を弄っていても、鞄が誰かに触れるくらいだ。
「…寒いなあ」
生憎制服の上に着こめる様なコートは持ち合わせていなかったから、いつものブレザーに防寒具はマフラーだけ。ヒートアイランド現象で他の地域に比べて東京がいくらか温かいとはいえ、もとから僕の住んでいた埼玉とそう気温が違うわけでもないと思う。地元で寒がりだった僕が、東京でブレザーだけで平気な顔をしていられるほど暑がりに変わるはずもなかった。
ともかく僕はせめてもの抵抗として、マフラーの前をきつく結んで首にしっかりと結びつけ、夕飯を調達すべく街を歩いていた。こんなに寒くては外に出たくはない。
今のように制服姿の時だけではなく、僕は慢性的な服不足に見舞われていた。まず引っ越してくるとき、狭いからと言って実家から必要以上の私服を持ってくることを僕は拒んだ。挙句親からの仕送りはなるべく使わないようにし、ネットビジネスの真似事で手に入れた給料で日々の生活をやりくりする中、私服を買うという行為の優先順位は低くなっていった。元来外見にそこまで気をつかっていない僕だ、それは仕方ない。つまり制服でなくとも僕の外出は必要以上の寒さが付きまとうのだ。コートなんて嵩張るし安いものは無いし、なんて躊躇っている内に十二月になってしまっていた。実家に電話して一枚だけでもコートを送って貰おうと思ったことは何度もあったけれど、なんだかんだと忙しい日々にそれは忘れられ、ここまできたらもはや意地だ。秋に羽織っていた上着もあるし、制服はセーターもある。今年の冬くらいなんとかなるだろう。
以上の理由から外出をしたくない僕は冬休みを出来るだけ家に引きこもってやり過ごそうと思い、カップラーメンを大量に買い込むつもりだった。残念な事に、不摂生な僕を咎めるような人間は今はいない。安いカップラーメンを求めてスーパーを梯子しながら、誰かに何か叱ってほしいような、そんなむず痒さを感じていた。
…たぶん、気のせいだろう。
雨でもふらなきゃいいけどな。思わず空を仰いだその時、曇り空に構わずきらりと光る金色を少し離れたところに見つけた。
四方に流れてゆく人ごみのなか、まるで何かの目印のように―――荒野を歩く旅人が北極星を目指して道を進む様な、そんな気持ちで思わずそちらに足を向ける。曇り空の中なのに、何かを反射しているように輝いている金糸に吸い寄せられるようだった。その金髪の人物が誰なのかは勿論すぐに分かっていたし、何度か話したことはあったけれど、何故あの人に向かって自分が進んでいくのかが分からない。
特に用もなければ挨拶が必要な程の距離でもなかった。見なかった事にして、そのまま過ぎ去ってしまっても構わないだろうに。
作品名:<5/4scc>冬の二人、春の僕等。<sample> 作家名:卵 煮子