乞い・請い・恋
「何コレ、新ちゃん」
「何ってチロルチョコですよ」
目の前にずい、と出された一口サイズのチョコレート。それは自分よりも一回り小さな掌に、可愛らしくちょこんと乗っていた。
訳が分からず少しだけ頚を傾げると、これあげますから、買出しに付き合って下さい、と目の前の眼鏡少年は宣った。
僅かに瞠目し、思わず相手の顔をまじまじと見詰めると、少年は痺れを切らしたのか、いらないなら良いんですよ、と脅しをかけてくる。
「いやいやいやいるけど!」
仮令チロルだとしても大事な糖分、(何せコイツが来てからというもの、碌に糖分を取っていない。小姑みたいに煩いのだ、この子供は)逃して堪るかと慌てて目の前の掌を両手でぎゅうと握った。
一瞬びくりと肩が震えた様な気もするけれど、多分此処まで喰い付くとは思わなくて驚いたのだろう。
そうしてチョコを口に放り込んで、その甘さに物足りなさを感じながら(もっと欲しいと言ったら命が危ないのでもう言わない)その日は新八の買出しに付き合って一日を終えた。
「はい」
そう言って差出された新八の手には、一枚の板チョコが鎮座している。
そう、あの日以来、新八は俺に仕事を頼む時は、必ず何かしらの甘味を寄越すようになった。
けれど一度目は兎も角、それが二度三度と続くと、さしもの俺も疑問を抱く。それを直接本人に聞いてみると、いやはや冒頭に戻る訳だ。
なんと彼は以前交わした遣り取りを確り覚えていて、それを実行に移したらしい。
然しながらその時は、物凄い剣幕で怒られたと記憶している。
何故今になって、と問うと、アンタがぐうたら過ぎるからですよと、にべもなく返された。少しでも家事を手伝わせる為の苦肉の策、と言っても良い。
医者に甘味を止められてる事もあって、くれるものといえばチロルだったり五円チョコだったり飴玉(しかも一個だけ。その上噛み砕くなと煩い)だったりと、実にショボイものだったが。
(間違っても経済的にもお財布に優しいからとか、そんな事は絶対言わない)
しかしそれがどうだ。
今目の前にあるのは板チョコだ。しかも一枚丸々。
確かに遣る物寄越せば何でも遣るとは言ったが、目の前の大きなエサを見て、一体どんなキツイ仕事が待ってんだと身構えても、それは仕方の無い事だと思う。
けれど次の瞬間、何もかもが吹っ飛んだ。
云いたい事は山ほどある。
俺はそんな板チョコ一枚で済まされる程お安くねぇよ何度言ったら分かんだってかマジで本気で?ああもう頭の中が真っ白だ!ブラボー俺!よくやった!!間怠っこしいんだよお前はああもういじらしい!愛しすぎだぞコノヤロー。
言葉は出ない。言葉が出せない。
パンクしきった頭でけれども身体は(酷くゆっくりしたものだったけれど)動いた。
ゆうるり背中に腕を回せば、戸惑った末に着物の裾を小さく握られた。
ああどうかもう少し返事は待って。
必ず伝えるからどうかあと少しだけ堪能させて。
『これあげるんで、どうか僕のものになって下さい』
―――伝える為に、震える口を僅かに開いた。
end.