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誰か鴉の雌雄を知らん

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何て事はない。それはふとした瞬間、ただ目に留まっただけの事。
 茜色が差し込む世界に、黒い闇夜が侵食してくる時間帯。
 朱色に染められた世界に、黒い塊が大きな群れを成していた、
 ただそれだけの事。




「たでーまァー」

 我ながら腑抜けた挨拶だなと思いながら、革靴に手を掛けた。
 そうして何時もの様に、おかえりなさいと奥から黒髪の少年が出てくるのに、何とも面映い気持ちになる。
 それをおくびにも出さず、ぺたり、と素足を床に乗せて、少年の横を通り過ぎた。
 ―――夕焼けに染まった家は何処か寂寥だ。柄にもなく、そう思う。

「あ、」

 思わずといった風な声に、こちらも思わず首だけ振り向いて、取敢えず目だけで何だと問うてみる。
 少年ははにかみながら、頭、と答えた。

「あたま?」
「ええ、アンタの頭。白いから夕日の色に染まってますよ」

 言われて髪を一房摘んでみたが、自分では確かめようが無い。だから目の前の子供でそれを確かめようと思い、摘んでいた手を解いて正面を向いた。
 そうして視界に入ってきたのは、濡れ羽色した艶やかな髪だった。
 それをぼんやりとした思考で、じいと見詰める。
 焼けるようないろが支配している世界で、それは異質だった。
 異質だけれど、違和感を覚えない。
 それが黒という色なのだろう。


 ***

 鴉が、鳴いていた。
 帰宅途中の道すがら、ふと何気に視線を違う方向へと逸らしてみると、大群と化した漆黒の鳥が、鳴きながら悠然と空を飛んでいた。
 あるものは枝に止まり、あるものはまた飛び立つ。
 その恍惚とした羽ばたきは、何処か支配者然としていて、知らず眉間に皺を寄せていた。
 それでも目が離せないのは、その鳥が持つ、艶やかな羽根の所為だろう。
 それは天鵞絨を彷彿とさせる滑らかさと気品を感じさせて、光が当たると尚一層輝きを増した。
 凶兆を告げる鳥に見入ってしまうという事は、相当己は病んでいるという事だろうか。
 湧き上がった疑問に莫迦らしいと一笑して、けれどもその闇の様に深い黒に、果てのない羨望を覚えた。
 ―――理由は、問うまでもないけれど。


 ***

 さらさらと指の間を流れ落ちる黒髪に、すうと目を細めた。
 そうしてそのままぎゅうと抱きしめれば、銀さん、と上擦った声が腕の中から聞こえてくる。

「オメェの髪は、自己主張が激しいのな」

 くつくつと笑いを噛み殺しながら言えば、訳は解らないまでも、失礼な事を言われたのだと思ったのだろう。少年が一言文句を言おうと、腕の中でもがきはじめた。
 それを物ともせずに、片手をあげて、ゆるり、撫でる。
 絹の様な手触りが病み付きになりそうだ。
 またしても浮かんだ馬鹿げた思考に、今度は哂う事無くただ少年の髪を梳く事で遣り過ごした。
 はらはらと夕陽に染まった指先を擦り抜けていく髪は、それによってその色味を更に際立たせ、光を反射してより一層艶かしく、漆黒の翼を思い出させた。そして相容れないのだと無言で訴える。

 つよい、いろだ。
 なにいろにも染まらず、揺るがず、染められない。
 強く自己を保ついろ。
 それに比べて己はどうか。
 白というのは先ず真っ先に染められる色ではないのか。
 染め易い、塗り替えられる、脆弱な、いろ。
 今この時も、先程少年が言った様に、自分は全身が赤く染められているのだろう。
 そうして彼が黒である事に、安堵する。
 染まらないいろ、染められないいろ。
 世界が何色に染まろうとも、その色だけはそこにある。
 それはただ独り善がりな欲であり願望なのかもしれない。
 けれどそれでも、願わずにはいられない。

 どうか染まらないで、と。

end.
作品名:誰か鴉の雌雄を知らん 作家名:真赭