手放したいのか捉まえたいのか
ふと思うことが、ある。
感傷だと思う。柄でもないと思う。けれどもふとした瞬間に、気付く事がある。それについて悪くはないと考える自分が居る。けれどもらしくないと、何処か忌々しい気持ちにもなる。
それでも凡てすべてひっくるめて、悪くはないと思う。甘受しているのかもしれない。
のんびりと顔を上げて、目線を先へと走らせれば、薄桃と黒の二つの色とかち合った。(序でに触り心地が良さそうな、もさもさした白い色とも)
銀ちゃん早くするヨロシ。
待ち切れないといった風に急かす少女の隣で、黒髪の少年がこれまた負けず劣らずの勢いで、早くしないとタイムセールス終わっちゃうでしょ。お一人様一個限りなんですからこれを逃すと厳しいんですよ、と捲し立てる。
主婦業が板に付いたなぁと感慨深いものが込み上げてきたがそれは胸の内に秘めて置く。何せアレはあのゴリラの弟だ。侮ってはいけない。どんな制裁が下されるかと思うと身の毛もよだつ。
(何だかねぇ…)
ぼりぼりと頭を掻いて、じぃと二つの色を眺めた。気持ち悪いと嘯いて顔を顰める少女に、こっちが顔を顰めたいよと少し嘆いた。年頃(自称)の女のする顔じゃあないと思う。育て方を誤ったか。
隣も隣で、黒髪の少年も眉間に皺を寄せている。
早くして下さい、と急かす声に、はいはいと返事を返して重い腰を漸く上げた。のそりと起き上がるとオヤジ臭いと野次が飛ぶ。
煩い、男はそれくらいが味が染み出て丁度良いのよ。お子様にはわっかんねーだろうけどなぁ。解るかヨ。マダオに興味を示す女性なんて居るんですか?…今日は中々に辛辣ね、新八クン。
のたりと彼らが居る方へ進んで、そろりと伸びた手にどきりとする。
どうかしたんですか?
先程とは打って変わって心配そうにこちらを伺う声に、アラヤダ、新ちゃんってば積極的ー、茶化せば頭を殴られた。傘で。ちょ、待て。何でお前が殴るんだよ、神楽!
ズキズキと痛む頭を押さえ、思いっきり睨むと呆れた様な視線が四つ向けられる。新八にいたっては溜息付きだ。
何とも無いなら良いんです。ホラ、さっさと行きますよ。もし間に合わなかったら一週間夕飯抜きですからね、銀さん。
言うだけ言って踵を返す二つの影に、何で俺だけなんだよと悪態を吐くも。
(ああ、本当に)
(何だかねぇ…)
早くして下さいよー、と玄関で叫ぶ声に苦笑して、原チャリの鍵を握り締めた。
はいはーい、今行きますよー。
ふわりと己を取り巻く空気に、何処か居心地の悪さを未だに感じるけれども。それすらも。
幸せだと思う。
幸せでと願う。
幸せにと祈る。
そう、出来ることなら、と。
end.
作品名:手放したいのか捉まえたいのか 作家名:真赭