二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

初恋薊

INDEX|1ページ/1ページ|

 
意識していた訳では決して無いし、ましてや物欲しそうな素振りを見せた事など断じて無い。
 それを嬉しがる歳でもあるまいし、そもそもそうと知れたのは何がそんなに目出度いのか、満面の笑みを張り付かせた部下に、いの一番にその一言を貰ったからである。
 大体この時期、浮かれた人間の取締りに奔走しているので、そんな事に気を回す余裕など欠片も持ち合わせていなかった。だから今朝方部下から言われた言葉も、次の瞬間にはすっかり脳内から抜け出ていて、忘れ果てていたのだ。
 それ故に、この状況は己にとって腹立たしい事この上ない。

「……ッ、…オイ!」

 ぐいぐいと腕を引っ張られ、眼前の男の思うがままに引き摺られる。心底面白く無い。
 そう思っているのに、それでもその手を振り払えないのは、先程男が放った言の葉の所為である。
 ――――おめでとう、
 そう、目出度いと銀糸の男は言った。
 いつもの笑みで、けれども何処か柔らかな空気を纏って、男は部下と同じ様な言葉を紡いだのだ。
 ――――おめでとう、土方。
 それがどれ程の衝撃を相手に与えたかなど、男は知る由も無いのだろう。否、若しかしたら知っていてこその暴挙かもしれない。
 ――――男は今迄、己の名を呼んだ事など、一度たりとも無かったのだ。


「オイ!ちょ、オイ万事屋!聞いてんのか?!」

 せめてもの抵抗とばかりに喚けば、漸くピタリとその足が止まった。けれどもその急な動作に身体は付いて行かず、躓いて転びそうになる。
 それに無性に腹が立って、ぎりと相手を睨め付けると、対して相手は何時も通りの無表情で、

「何。どうしたの、土方君」

 穏やかにそう応えを返したのだ。

「どうした、じゃねぇよ。これァ一体何の真似だ」
「何…って、連行?」
「ほーう。じゃあ今直ぐお前をしょっ引いてやろうか。一応聞いておく。何の為にだ」
「そりゃ勿論、俺の為に」

 悪びれもせず言ってのけられた言葉に流石にカチンときて、スラリと刀を抜く。
 ―――斬ってやろう、
 そう思い振り下ろした刀は、甲高い音を立てて受け止められた。

「…っ、なっんでそう、バイオレンスに走るかな。短気は損気。少し位、人の話を聞きなさいよ」

 飄々と嘯く姿を目の当たりにして、腸が煮えくり返りそうになる。陰湿とも云える性質の悪い冗談に、付き合う義理など何一つ無い。
 そう思い踵を返すと、慌てた声とがっちりと腕を掴む手に阻まれた。

「ちょっとそれはないんじゃないの?土方君」

 振り向くと呆れ返った眼差しとぶつかり、更に苛々が募る。
 何だというのだ。
 一体、何のつもりで、何を思っているのか。訳が分からず酷く混乱する。
 喉の奥がヒリ、と渇いて、痛みを訴え始めた。
 ごくりと生唾を飲み込んで、今度こそその手を払い除ける。

「何の、つもりだ」

 発した音は、己のものとは思えぬ程低い響きで、鼓膜を揺るがす。
 射抜く様な視線を送れば、銀髪の男はゆうるりと微笑っただけだった。

「何って?」
「だから、それは、何のつもりだっつってんだよ」
「それ?」

 首を傾げて本当に分からないといった風な仕草をする男に、思わず舌打ちをしたくなる。ぱちくりと瞬きを繰り返す様も、今は疎ましくて堪らない。

「考えてもソレが何なのか分んねーんだけど。教えてくれる?―――土方君、」

 ――――確信犯だ。
 直感とも云えるそれは、事実であり真実だ。現に男の肩は小刻みに震えている。笑っているのだ。俯いて顔は見えないが、それくらいは見ずとも判る。
 本当に、何だというのだ。
 胃の辺りがキリと痛んで、熱くなった様な気がした。思わず眉を顰める。そうして、気の所為だと己に言い聞かせた。
 ぎりぎりと音がするのは、食いしばった歯からなのかそれとも別の何かか。
 ―――知りたいとも、思わない。

「ごめん、悪かった」

 徐に伸ばされた手の甲で、やわらかく掠める様に頬を撫ぜられる。
 若干身を屈めて伺う様に覗き込むその顔を、本気で殴ってやろうかとぼんやり思った。

「悪かったって。悪ノリし過ぎた。だから、ンな顔すんじゃねーよ」

 心底困った風に笑う男を見て、ざまあみろと心の内で思う。次いで、どんな顔だよ、と。
 そんな顔をさせるくらい、今の自分は情け無い面を曝しているのだろうか。

「今日だけ、ね。だから許して」

 懇願と切望が綯い交ぜになったかの様な言の音を響かせて、目の前の男はゆるりと笑う。それが本当に腹立たしくて仕方が無い。

「なんで、今日だけ…」
「今日だから、だよ。一年に一度だけ。それって超レアじゃない?」
「抜かせ」
「酷ェ」

 くつくつと笑う男に呆れ返る。寧ろ情けなささえ覚えた。
 男は、こんな時でしか名を言えぬと云うのだ。

「まあそれは置いといて。―――おめでとう、土方」

 どこか照れくさそうに、けれども凛と響くその音に、自嘲に似た笑みを浮かべる。
 似た者同士とは良く言ったものだ。
 ちょっと突き詰めれば、男も自分も、同じなのだ。

「有難う、銀時」

 ―――そう結局は、お互い様、という事になる。
 けれども男が言う通り、それが貴重なものだと云うのなら、それすらも悪くは無いのかもしれない。
 そう思える位には、今日は特別な日になってしまっていた。


end.
作品名:初恋薊 作家名:真赭