覚悟の狭間
傲岸不遜な用心棒はそう言い放った。
対して言われた幼子は、その余りの物言いに唯大きな瞳をぱちくりと瞬かせ、呆然とその男を見やる。
男は心底面白くなさそうに、フン、と一つ鼻を鳴らし、胡乱げな眼差しを遠慮なく投げつけてくる。
幼子――新八は、カッと頬が熱くなるのを自覚した。
曲がりなりにも自分はこの男の雇い主である父の息子なのだ。機嫌を損ねればどうなるかぐらい、解っているだろうに。
胸の内に巣食う嫌悪感も露わに、新八は男の眼差しを真っ向から受け止め、睨めつけた。元々この胡散臭い男の事を、新八は好く思っていなかったのだ。
流石にその反応は予想外だったのだろう。男は新八の様子に僅かに面食らった後、くく、と喉を鳴らして笑った。
「で、どうすんだ。やんのか。やんねーのか」
だからといって、態度を改める気は更々無いらしい。
この短い時間で男の性格を多少なりとも解ってきた新八は、それについて言及する事を早々に諦めた。
けれども、だからこそ射抜く様な視線はそのままだ。
絆され、その手に陥落されて堪るかと、幼いながらの無意識の抵抗。
その真っ直ぐで透明な抗いは、然し却って男の好感を呼んだ。
にやりとあくどいゴロツキさながらの笑みを隠す事なく、男はもう一度目の前の幼子に問い掛ける。
新八は悔しそうに唇を歪めた後、小さな掠れた声で応えを返した。
「やらない。やっても、意味がない」
「何でそう思う」
「自分の事は、自分が良く解ってます。やったところで、後悔するだけです」
「やらなくても後悔すんぞ」
「……知ってます」
でも、より傷が少ないのは、やらない事です。
ぎゅうと拳を握り搾り取る様な声で、新八は子供にあるまじき言葉を発する。
それを目の当たりにした男は微かに眉を顰め、そうしてざり、と土を踏んで新八に一歩、近づいた。
男の行動にぎょっと身を引こうとする新八よりも早く、腰を下ろし目線を合わせる。
じっと見詰める眼は研ぎ澄まされた剥き出しの刃の如く剣呑で、そして深く静かな、漣一つ立たぬ湖面の様に穏やかだ。
新八は魅入られる様にその相反する色を湛える二つの眼をじい、と見詰め返した。
「…納得はするぞ」
ぽつりと放たれた言の葉を、拾うのは存外難しかった。
思わず問い返しそうになり、けれどもその前に脳がその音を処理すべく活動を始める。
そうして弾き出された答えに、新八は盛大に顔を顰めた。
「やろうがやるまいが後悔すんのは百も承知。だがな、やらなかったら残るのは後悔だけだ。だったら、少しでも多くココに残る方が良いだろ」
「やって後悔して納得して、そうして得るものがあるとでも?」
「さあな。それは俺が決める事じゃねーし、そもそも無関係だし?」
ここへきて一人荒野へ投げ出す素振りを見せる男を心底歯痒く思いながら、それでも新八は後押しされた様に一歩を踏み出した。
下卑た笑いを張り付かせた男の顔を極力見ない様にして、風に掻き消されそうな程小さな声で音を告げると、男は堪らないといった風に盛大に笑い出した。
余りの羞恥に逃げ出したくなったけれども、新八はそれでもその場に留まってその後の言葉と行動を待っている。
踏み出す勇気をくれた男の事を、少しだけ好きになった気がした。
end.