幼い魔女の茨の城
草野は葦牙である佐橋皆人が迎えに来てくれた日の事を思い浮かべる。
大鎌を携えた、草野の調整者を傷つけたあのセキレイから庇ってくれた事からして彼は草野の王子様に成り得るのかも知れなかったが、あのセキレイを倒したのは当時は彼の唯一のセキレイだった結だ、彼ではない。そもそも葦牙とセキレイは愛し愛されの関係ではあるが護り護られの関係ではないからそれも当然で、羽化した草野にも皆人を護ろうという意識がある。
となると、彼は寧ろお姫様ではなかろうか。この際だから性別は無視して。
お姫様は王子様と幸せに暮らしました。
ならば王子様とは誰か。
最終的に葦牙と婚げるセキレイは1羽、王子様は1人。
今の彼には草野を含めてセキレイが6羽、王子様に成り得る従者が6人。
物理的に彼を護る能力に恵まれているのは4羽、騎士が4人。
知力面で彼を助ける能力に恵まれているのは1羽、賢者が1人。
いずれも草野ではない5羽、王子様に成り得るのは5人。
お姫様は王子様と幸せに暮らしました。
ぞぞぞ、といつか松に渡された鉢植の葉が蠢いた。読んでいた絵本に爪が食い込み、もう読めなくなっているが草野にはどうでも良い事だった。胸の中がドロドロと重苦しく、どうしようもなく暗い。
「くーちゃん?」
同じ机で、草野には分からない参考書を片手に勉強していた皆人が心配そうな表情で、否、心底から心配してくれているのだろう、草野の顔を覗き込んでくる。
お姫様は王子様と幸せに暮らしました。
「……くーは、おにいちゃんをだれかにあげたりしないもん」
お姫様は王子様と幸せに暮らしました。お姫様は王子様と幸せに暮らしました。お姫様は王子様と幸せに暮らしました。お姫様は王子様と幸せに暮らしました。お姫様は王子様と幸せに暮らしました。お姫様は王子様と幸せに暮らしました。
「おにいちゃんはくーのあしかびさんだもん」
お姫様は王子様と幸せに暮らしました。お姫様は王子様と幸せに暮らしました。お姫様は王子様と幸せに暮らしました。お姫様は王子様と幸せに暮らしました。お姫様は王子様と幸せに暮らしました。お姫様は王子様と幸せに暮らしました。お姫様は王子様と幸せに暮らしました。お姫様は王子様と幸せに暮らしました。お姫様は王子様と幸せに暮らしました。お姫様は王子様と幸せに暮らしました。お姫様は王子様と幸せに暮らしました。お姫様は王子様と幸せに暮らしました。お姫様は王子様と幸せに暮らしました。
「おにいちゃんはくーのだもん!!」
お姫様は王子様と幸せに暮らしました。
皆人は草野ではない誰かと幸せに暮らしました。――――なんて
「そんなのやだああああぁぁ――――――――――っ」
泣き叫ぶ草野に呼応して鉢植だけでなくポケットに入れていた種子まで飛び出して、部屋の壁を這うように覆い始める。逃げれば良いのに、皆人はあろうことか増殖する植物の真ん中にいる草野を宥めようと部屋の戸に背を向けた。その優しさに着け込まれているというのに。
「くーちゃ……――――――」
異変に気付いた誰かが彼を助けに来ても、もう遅い。いくつもの枝葉が、蔓が逃がさないように皆人の四肢に、身体に巻き付いている。嗚咽混じりに、しかしはっきりと草野は言った。
「くーは、まじょさんになる」
ぺたり、と小さな掌で皆人の頬へ触れる。
「おうじさまになんて、わたさないもん」
この小さな小さな茨の城はもうすぐ千切られ切り裂かれ燃やされてしまうだろう、それでも他のセキレイに渡したくない。
「くーの、だもん」
今は茨の中で2人きり、ただそれだけの幸せに心満たされる。
お姫様は魔女に囚われてしまいました。