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頭の無い男と腕の無い女

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時々、其れは時々なのだが、風呂に入るとは名ばかりで何時もはシャワーで済ませているのだが、妙に湯船が恋しくなる時があり、其れがまさに今であって、髪の毛も身体も洗い終わって、ついでに歯も磨き終わってから、新羅は湯船に湯を張ってみる浸かってみる。
ざぶり身体を湯船に沈めれば容量の上限を超えたお湯が溢れ出た、ごくごくと排水溝が音を立てて其れを飲み下す。其れを聞きながら、あぁやはり日本人なのだなぁとしみじみ、其れから両手で湯を掬うと顔に湯をかけて手の平で擦る、湯船に背中を預けて天井を仰ぎ見た。湯気が充填された浴室内は白くもやもやとしており、天井についている換気扇が見えたり見えなかったり、ぼんやりとする視界につられる形で、新羅もぼんやりとしてくる。
「……其れは一体何時からだろうか」
通りすがりの疑問を捕まえて口に出してみる、ぼそりとした其れはちょっとした似非密室に妙に響く、やはり其の響きも視界同様ぼんやりとしていた。ぼんやりとした其の疑問の腹を切開して中身を取り出してみると、「一体何時から恋愛感情を彼女に対して抱いていたのだろうか」ということになる。
一番初めは、彼女という存在に対する興味だったと記憶しており、其れは絶対に確かなことであって、全世界に誓って云えることであるのだが、其れが何時から恋愛感情になったのかが定かでなく、今彼女に対して抱いている此の感情は果たして本物の愛情由来のものなのか、はたまた一種の刷り込みから来るものなのかが、はっきりとしない。
「天然ものなのか養殖なのか、食品問題だったら此れ、エライことだなぁ」
まるで他人事のように呟いて、また手の平で湯を掬うと顔を擦る、其の時、頬を触って「あれ……」と思う。上頬、そう頬骨のあたり、其の辺りを指で突いてみて「やっぱりそうだ」と呟いた。其れから自分の首筋やら脇腹何かを突いてみて、「うんうん」と一人納得する。新羅は、まるで自分のものではないかのような感覚、其れに妙に感心。
一体何のことだと思うのであれば、触ってみるといいかも知れない。指先一つ、とっても簡単だ。頬骨に沿って、ちょうど黒目の真下あたり、押してもあまり触っている感覚がしない。指先には押しているという感覚があるのに、実際押されている頬には、指先の其れに比べれば微かなもの。新羅は其れを発見して、何だか急に面白く思えたのだった。普段から人間の身体を相手しているが、そんなことはあまり気にしたことがなく、やたらと新鮮に思える。
一体何故か、不思議である――
などということは、思わない。何故ならば非合法であろうが、新羅は医学知識を身につけており、人体のあらゆる感覚が何処に如何分布しているかなどは十分承知しているからである。勿論、触覚或いは圧覚を感じる点、触点が顔面よりも指先に集中していることは知っているし、云ってしまえば耳たぶや臀部の方が触点が疎らで、触れている感触や痛みを感じにくいことも知っている。ただ、「知識として知っている」のと「感覚として知っている」のは違う。だから、大変興味深かった。
自分の尻をべたべたと触るなど変態の極みに思えるので、たまたま触った頬と他の部位を比べる。頭皮を押してみて、同じ首から上でも随分違うのだなぁと胸の裡で感想を述べてから、新羅はまた頬を押す。やはり、自分のものではないような気がした。触った感覚が薄いのは頬の其の辺りだけであるのに、何だか首から上全体が自分のものではない感覚、そして、此れはもしかしてもしかすると自分の頭もぽろっともげるのではないかしらん、とあり得ないことを考えてみる。
「そしたら、セルティと同じだ」
そう口に出してみて、先程までの疑問が蘇る。そうだそうだ、と再び新羅は思案し始めたが、疑問からしてみたらいい迷惑である。たまたま通りすがったところをとっ捕まえられてうんうん唸られ、いきなり放って置かれてお役御免かと思えばそうでもない。口が利けるなら「何がしたいのだ、いい加減にしてくれたまえ」と云うかも知れない。其れでも、そんなことまで頭の回らない新羅は、覚束無い記憶を逆走している、あの頃は一体如何だったけ? と首を傾げる。
――こつん。
不意に浴室のドアが叩かれる。其方に目をやれば、黒いシルエットが遠ざかって行くのが目に入る。其れは「もうすぐ出来るぞ」という合図。セルティは、現在夕飯の支度中なのであった。聞こえるか聞こえないかは分からないが、「分かった、もう出るよ」と一応返事をすると、新羅はまた手の平で湯を掬う。顔に湯をかけ、ついでに指先で頬を押してみる。やっぱり感覚が薄かった。湯船から上がり、シャワーを浴びながら一言。
「結局また、分からない儘だ」
呟いて溜息を一つ、其れから、まぁ如何でもいいか、と無責任に疑問を放り投げる。何時ものパターンだった、時折考えては思い出せず仕舞いで結局一つの結論に至って終わる。
――どちらにしろ、僕が今彼女を思う気持ちは変わらない。
其処へ辿り着くのが分かっている癖に同じことを繰り返し、ぐるぐるぐるぐる、壊れたカルーセル或いは未来永劫続く輪廻の輪のように自問自答、結局有耶無耶にして切り上げ。そんな何ともお粗末な事態収拾に苦笑、全く何も解決されない解決策に失笑して、「何時も斯うなのは、僕に頭が無いから不可ないね」と能力の無さ、其れは記憶力の問題なのか解決力の問題なのか定かではないが、何かしらのお頭(おつむ)の無さを云いわけにした。
パジャマを纏い、ダイニングへ向かって椅子に座れば食卓の上、黒焦げの何なのかよく分からないものや、明らかに醤油の分量を間違えたであろう色をした魚の煮つけ、まだ少し火の通しの足りなそうな野菜炒めが並んでいた。
『今日は頑張ってみたんだ』
そう云うセルティに、「感謝感激雨霰、僕は仕合せ者だ」と微笑み返し、箸を手に取り「いただきます」、魚の煮つけを口にする。「……うーん、味見出来ないから仕方ないか」と胸の裡でこぼしつつ、其れでも大事なのは込められた気持ちなのだと納得し、心配そうなセルティに「美味しいよ」とお返事。
「頭が無いわ、腕が無いわだなんて、何だかなぁ……」と口をもぐもぐがてら思ったが、「そうそう僕らは失敗作、此の世界はゴミ箱なのだ」と思い直し、咀嚼したものと一緒に胃袋へ押し込んだ。







(2011/02/18)

作品名:頭の無い男と腕の無い女 作家名:Callas_ma