concocted a story 01
気づいた時には既に遅かった。
5分間のタイムリミットが過ぎ、地上めがけて真っ逆さまに落下し激突すると思った。
落下していくわずかな間、これがヒーローとして最後とか、娘の事とかが走馬灯のように頭の中に流れる。
だが、何時までもたっても激突の衝撃は来なかった。
感じたのは、軽い衝撃と共に大きな腕の中に包まれた自分だった。
「…………え? あれ??」
何が何だか訳が分からなかった。
誰かに助けられたのは理解したが、自分を横抱きにキャッチして助けたのはヒーローらしき人物。
だが、全く見覚えがない。
「……誰だ……お前?」
「無理はいけませんよ」
聞こえた声は、若い男の声だった。
「見たことねぇが、新人か? 何処の所属か知らねぇが、いい加減に俺を降ろせよ」
今頃、『HERO TV』では、ワイルドタイガーが何処からとも現れたこの男にお姫様抱っこされている場面がUPになって放送されているのが容易に想像出来た。
ワイルドタイガーたるものが、こんな恥ずかしい格好をさせられる情けなさに、虎徹は男の腕から逃れるように四肢を大きくバタつかせる。
だが、能力が切れてしまった今、一般人と変わらない力でNEXTに適うはずもなく、無駄に体力を使うだけだった。
「あれ? もう降ろして欲しいですか?」
「当たり前だろ。早く降ろしやがれ。こんな恥ずかしい真似しやがって」
「私はあなたに感謝されるならまだしも、貶される理由はないと思うんですが………。まぁ、いいでしょう。犯人もまだ捕まってない事ですしね」
お姫様抱っこの横抱き状態からゆっくりと地面に降ろされ、これでやっと公共の羞恥プレイから開放だと思った。
だが、男の手が離れる瞬間、腰から臀部にかけて今まで感じた事のない感触に躰がビクリと震える。
「……っくっ…」
ねっとりと厭らしい手つきで掴まれた腰から臀部にかけてなぞるような動きは、明らかにセクシャル的なニュアンスが含まれていた。
わざとか嫌がらせか不明だが、その痴漢的な行為に一気に怒りがこみあがる。
「……ってめぇ。何処をどう触ってやがる!?」
反射的にその男の腕を掴むが、相手は何一つ体をふらつかせる事もなく堂々とした姿で立っている。
「へぇぇ~。ワイルドタイガーって案外可愛いんですね。こんな事で動じるなんて……」
その言葉に、からかわれたのだとすぐに理解した。
マスクをしていて顔も表情も見えないが、口元が笑っているのが分かる。
「何の嫌がらせだ?」
「別に嫌がらせじゃないですよ。あまりにもあなたの腰が細くて折れそうだったのと、触り心地が良かったものですから。 あなたこそ、涙目になってますよ。悔し涙ですか?それとも感じちゃったりしてます? でも、ヒーローたるもの、どんな事態にも対応しないとポイント取れないですよ」
相手の言葉に乗せられるように、自分の顔が真っ赤になるのが分かる。
「うるせぇ、若造が。こッ……これは汗だ。お前が早く降ろさねぇからこんな風になるんだろ」
「まぁ、そういう事にしときましょう。そろそろ犯人を捕まえないと視聴者にも悪いですから」
「……ちょ……こらっ! てめぇまちやがれ」
「おじさんは、おとなしくしといてください」
掴んでた腕は簡単に振りほどかれ、男の姿はあっと言う間に遠くなる。
わずか数分の間に目まぐるしく起こった出来事は、まるで嵐のようで未だに理解しがたいが、新しいヒーローが誕生した事は間違いないのだろう。
犯人に向かっていく謎のヒーローの後ろ姿を見つめながら、虎徹はがっくりと肩を落とす。
生中継でヒーローがヒーローにお姫様抱っこされたあげく、セクハラまでも受け、もちろんポイントも0だ。
「何だったんだ一体……。厄日か?」
散々な日に、思わず愚痴を出さずにはいられなかった。
作品名:concocted a story 01 作家名:金城藍子