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ジェストーナ
ジェストーナ
novelistID. 25425
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サヤノウタ

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ドスンと激しい衝撃が頭を揺さぶり、その衝撃で目覚めた。
  びっくりして起き上がれば、豪の腕がくの字にまがっていた。どうやらこの拳に殴られたらしい。腹が立ったので蹴っ飛ばしてやったが、豪はびくともしなかった。意味不明な寝言を発した後、寝返りを打ってあっちを向いてしまった。その背中に縋り付いてやろうかと思ったが、豪に潰されてはかなわないので、やめておいた。
  それにしても稚い寝顔だと思う。豪は初めて会ったときと同一人物とは思えないほど変わった。外見ではなく、心のあり方が。それでも無防備に眠りこけているところは、あのときから何も変わらない。そんな豪を見ていると、不意になんと表現していいのかわからない感情に包まれる。
  こうして豪の家に泊まることは少なくないが、その都度節子に嫌な顔をされるのがたまにきずだった。彼女はあからさまに敵視してくるのではなく、無言で、困ったような笑顔の中に、どうして豪を連れていくのとさりげなく非難してくるのだった。そうされるたび浮かんでくるのも、また言いようのない感情だった。
  自分の中に沸き上がる感情に、名前をつけられない。浮かんでくるもののすべてが、よくわからない。たぶん怒りなんだろうな、喜びなんだろうなと検討をつけても、一瞬過ぎればもうそれは曖昧なものとなる。
  その中で確かなものは、豪の存在だけだ。
  くだらなくて安っぽくてどうしようもなくつまらない、ひどくレベルの低い世界で確固たるものは、豪ぐらいだと思う。否、豪しかない。豪だけが特別だ。運命のキャッチャーなんて子供のくせにおおげさねと母は笑ったが、それは断じて違うと思う。
  世界には最初から決められていること、覆せないことはたくさんある。人が女の胎内から生まれてくること。生きて老いてやがて必ず死ぬこと。ルールばかりでがんじがらめにされて、窮屈で息苦しい。
  原田巧が永倉豪と出会うのは、きっと必然だった。少なくとも原田巧の才能を埋没
 させない何かに出会うのは決められていただろう。その中で豪を選んだのは、自分の
 選択だ。豪が欲しかったのだと、それだけは天にだって叫べる。
  豪が好きだ。強いところも弱いところも、意気地ないところも潔いところも、可愛いところも恰好いいところも、賢いところも愚かなところも。豪が好きだ。何度でも言おう。豪が好きだ。他のことなんて知ったことじゃない。豪が好きだ。
  こんな激しい気持ちに襲われるなんて、今までにはなかったことだった。そう考えると今までの人生はすべて無駄だったように思える。豪に出会って、ようやく歯車が回り始めた。
  それまではきっと、準備期間だったに違いない。運命の相手に出会えたとき、容赦なく自分のものに出来るように。
  大好きな豪。
  腕を伸ばして髪に触れる。校則を守った短い黒髪。
  そのまま指を動かして耳に触れる。よくこうして撫でてくれる、その手つきを思い出す。
  そのまま横にスライドさせて、頬に触れる。滑らかで引き締まった頬。柔らかさはとっくにそげ落ちた。
  首筋を撫でてから、がっしりとした肩に移動。ピッチャーほどではないが、球児にとって肩はとても大事なものだから、優しく愛撫して労っておく。
  力強い肩の後は、広い背中を測ってみる。初対面のとき柔道部なのかと勘違いしたぐらいのがっしりとした体躯に、少し憧れる。アコガレ。これも初めて知るものだと感慨を覚える。豪の隣は知らないものがいっぱい溢れていて飽きない。
  さんざん背中を蹂躪して満足したので、そういや豪の尻はどんな柔らかさなんだろうと思い立ち、実行しようとしたら、知らない内に指に力が入ってしまったのか、豪がもぞもぞと動いた。
  「……な~にしとんのじゃ」
  「悪い。起こしたか?」
  「さっきから妙にモゾモゾすると思ったら、おれは寝込み襲われてたんか。原田くん、エッチ」
  「男はみんな狼なんだよ」
  「そりゃそうだ」
  振り向いた豪の目の奥は、少しだけ暗いものに彩られていた。最近よく見かける、豪がこちらを見るときの色。それがどういう意味を孕んでいるかなんて知らない。ただ、豪から投げかけられるものに悪いものは感じない。
  豪は枕元の時計を引き寄せ、「げっ」と嫌な声をあげた。
  「おまえ、今が何時だと思っとんのじゃ」
  「少なくとも昼間じゃないな」
  「ばか。良い子も悪い子も寝る時間じゃ」
  「そうだっけ?」
  呆れたような顔の後、飛び出したのは欠伸だった。豪は眠そうに目を擦り、寝返りを打ってこちらを向いた。それから掛け布をめくり、入れとジェスチャーした。素直に豪の隣に潜り込む。
  「素直な巧を見ると天気を確認したくなるな」
  「槍が降るかもって? ばか言え。おまえの言うことにはいつも従ってんだろ」
  「はいはい、そうでしたね」
  豪はそう言って苦笑した後、ぎゅっと抱き締めてくれた。その抱き方も心得たもので、腕や肩には極力負担がかからないように配慮されている。近いのに、近くない距離。小さい頃から抱かれるのを嫌がっていたと聞いているが、豪のこの抱き方は好きだった。とても居心地がいい。
  「ほら、もう寝ろ」
  「そうする。おやすみ」
  肩を冷やさないようにきっちり布団をかけられて、ふっと温もりに包まれる。その優しい暖かさを普段なら撥ねつけているところだが、豪が与えてくれたものなので許そうと思う。布団の温もりは、そのまま豪の温もりだ。
  豪は自分をどういうふうに思っているんだろう。きっと恐れているだろう。いつも優しくしてくれるが、内心は化け物だと罵っているに違いない。それでいい。豪にとっての原田巧が他の有象無象と同じ人間なんて、そんなの許さない。原田巧にとって永倉豪が特別であるように、永倉豪も原田巧を特別に想っていなければならない。
  それで相思相愛。このつながりをバッテリーなんてありふれた言葉で一括りにするな。バッテリーなんて所詮スポーツの中でしか通用しない。この距離を絆なんて安売りされた単語でまとめるな。そんな世界中の誰もが感じるような陳腐なものではないのだから。
  「好きだ」
  思いは言葉にしたら上手に相手に届かない。だけど言わなくてはならないことがある。耳でしか聞き取れないものもある。
  「好きだ、豪」
  おれがおまえのもののように、このままずっとおれだけのものになっていればいい。
  そうだ、世界ごときに――――豪は譲らない。

作品名:サヤノウタ 作家名:ジェストーナ