終わらない舞踏会
任務先はものすごく寒い土地だった。吐く息は真っ白。冷えるだろうからと渡されたコートがありがたかった。アレンくんとやってきた場所は、本当に田舎。何もなかった。あるのは、雪と森だけ。人里離れたこの場所で、イノセンスがあるかもしれないという情報があるのだから仕方がない。
しんしんと静かに降る雪は、少しずつ五感を狂わせていく。都会の喧騒はどこにもない。あまりにも静か過ぎて最初は耳が、そして白に埋め尽くされた世界は目もおかしくさせて、きっと私を白い闇の中に閉じ込める。・・・・・・なーんて、くだらない妄想ができるほど暇だった。
「ねえ、アレンくん」
少し前を歩く彼を呼び止めた。少し背伸びをして、振り向いた彼の頭を払ってあげる。
「雪積もってるよ」
「ありがとうございます、リナリー」
「ふふ。アレンくんの髪は白いから、雪かどうかわからないや」
フードの中の雪も取り除いて、ぱさりと被せた。肩に乗っていたティムキャンピーもやはり寒さを感じるのか、フードの中へと入ってアレンくんの温かい首元に落ち着いた。
ほどなくして、湖に着いた。近寄って見ると、水は動いておらず氷となっていた。少し手で押してみて割れそうにもなかったので、そのままおずおずと足を差し出した。アレンくんが危ないと言ったような気がする。けれど私は制止の声も聞かずに、氷に体重を任せた。幸いにも氷は割れずに、私を支えている。
「割れたらどうするつもりだったんですか!」
「そのときはそのときよ」
いつもは私がアレンくんを嗜める立場なのに、今日はいつもと逆だ。なんだかそれがおかしい。少しはアレンくんも心配させられたらいいんだ。そうしたら、きっと私や他の人の気持ちもわかるはずだわ。ああ、でも彼のことだから、たぶん私たちの気持ちも気づいていながら、それでもわからないふりをするんだわ。
私はゆっくりと氷の上で足を滑らす。転ばないように慎重に。慣れてきたら少し手の振りを加えて、それから回ってみたりもして。前に見た、踊るお人形さんのように氷上で舞ってみる。くるりくるり。アレンくんは岸辺でそんな私を見ている。私の目線に気づくと、「綺麗です」と言った。
「とっても綺麗。リナリー、上手ですね」
「そうかしら」
「真っ白な景色ですからね。リナリーの髪がよく映えます」
「・・・・・・ねえ、アレンくんも踊りましょう!」
「へ、」
間抜けな顔をする彼を引っ張る。ようやく私の言葉を理解した彼は、強く拒否した。
「だめです、リナリー!僕が乗ったら今度こそ氷が割れちゃうかも」
「だから、そのときはそのときよ。一緒に落ちれば怖くない!」
「どこの脅し文句ですか、それ」
「だって、アレンくん。ここは氷の舞台なのよ」
「それが?」
氷の舞台は止まることを知らない。一歩ステップを踏み出せば、あとはひたすら踊り続けるだけ。二人だけの、しかも永遠に踊り続けるしかない舞台。こんな魅力的な場所は他にない。
「なおさらだめです」
アレンくんはひょいと私の体を軽々持ち上げて、陸に下ろしてしまった。あれ、いつのまにそんな力が。
「そんなことすれば、コムイさんや他のみんなにも怒られます」
「・・・・・・いっつもそう。アレンくんは他の人のことばかり!」
「・・・・・・」
「私に困らせてほしくないなら、とっとと私をアレンくんのものにするか、アレンくんが私のものになるかすればいいのに!」
それで万事解決するのに。
羞恥を捨てて、子どものように振舞って。けれど私の全ては、彼のごめんなさいという言葉で無残にも打ち砕かれた。