あと少しだけ
「ん?何、リカ」
「――――すきやで」
「……」
「うち、ダーリンのこと、むっちゃすきや」
「……うん」
「すきなんやで」
「……うん」
ごめんね、とあの人は笑っていて、ああやっぱりなぁ、と思った。
まだ小学校に通っていた頃、母親が愚痴るように呟いていた話を思い出す。
『好きて言われておおきにっちゅー男は、言われ慣れとるヤツか、何にせよ頭働かす余裕のあるやっちゃな。そうやのうて、ごめんゆうて謝るヤツは元々の性格がそうなんか、余裕の無いヤツや』
(もしおかんの言った通りなら、ダーリンは後者のタイプやんな。……おとんと一緒や)
母親と別れた後、父親とは連絡をとっていない。
父親が嫌いだと言う訳ではなくて、何となく機会がなかったということと、そもそも必要性を感じていなかったからだ。
父親は、別に悪人ではなかった。が、手放しで『良い人』と言えるような善良な人間でもない。
ただハッキリしていることは、父親は筋金入りの弱い人だったということだろう。
父親は、余り世渡りが上手くなかった。何となく入った会社勤めの珍しくも無いサラリーマン。本当なら、年齢が上がるにつれて自動的に『上』へいけるはずだった。
それなのに、時代の変化に巻き込まれてそれまでの会社の体制が変わり、年功序列制はあっさりと崩されてしまったのだ。
積み重ねてきた経験を重んじる風潮から、新しいものに適応することが求められるスピードと『若さ』重視の時代へ。
その大きくうねる時代の波に、父親は乗り損ねた。
当然家計は圧迫され、そんな状況を乗り切ろうと母親が始めたお好み焼き屋だが、これが思った以上に繁盛したのだ。『思った以上』というのは言い方が悪いかもしれないが。
母親は商売が上手かった。
サバサバとした性格も良かったんだろう。世話焼きで、実はお人好しで、お好み焼きの研究に余念が無い。
色んなものがあって初めて、母親の商売は取り合えずいいスタートを切った。
そして。
……そんな状況に、父親は耐えられなかったらしい。
活き活きと楽しそうに仕事をする母親。
上手くいかない仕事に疲れるだけの自分。
頼り甲斐のある母親。
――――悩んでばかりの自分。
食い違い始めたそれは修復の仕様がないほど広がっていき、ついに父親はいなくなった。
離婚届の用紙と長々と書かれた書置きだけを残して、家を出たのだ。
そういえば、あの書置きはどこにあるのだろう?
そもそも、とってあるのかさえ自分には分からない。
……父親は今、どこで何をしているのか。
何も知らないし、多分知りたいと思うことも調べることも無いだろう。
(何せ、娘が宇宙人と戦ってるっちゅう時に連絡ひとつ寄越さんようなおとんやしなぁ?)
それを薄情だと思うくらいの気持ちは残っているけれど、でもそれだけだ。
自分から追い駆けたいという思いは、不思議と無い。
(……いつか、これもそうなるんかなぁ……?)
大好きで大好きで、諦めきれずに追い駆けている自分の好きなひと。
でもきっと、自分はこの恋を随分と前に諦めてしまっている。
――――それなのに、止められない。
今諦めてしまったら、このひとを好きでいた時間全部が無かったことになってしまいそうで……。
(……女々しいなぁ、自分)
結局こんなものは、マトモな恋愛なんかじゃない。
ただの執着。おままごとのような、一方的な自己満足だ。
恋愛対象と恋愛をするのは、お気に入りの玩具を大切にするのとは訳が違う。そう思うのに、きっと自分のコレは『それ』と大差ない。
「――――リカ?」
「……ん?何やダーリン?」
「いや……」
「――――何、ひょっとしてうちのこと心配してくれたん?もー、ダーリンってばやっぱ優しいわぁ!」
「っちょ、ちょっと待……!」
思い切り抱きついたら、偶々通りかかった小学生が「ハグしてるー!」なんてことを叫んだものだから、ダーリンは真っ赤になって慌てている(そういうのは見えなくても何となく分かる)。
(可愛ぇなぁ)
大好きな人が、今日も相変わらず可愛いものだから――――ちょっと、泣きたくなった。
(……後で塔子にでも話聞いてもらお)
《終わり》
今日も恋愛継続中