さようなら
彼の答は、それだけだった。
流れるような動きで席を立ちあがり、一礼、そして外へ。
「に・・・ッ、」
伸ばした手は空しく空をつかむ。
バタン、と戸が閉まれば、残されるのは自己嫌悪にさいなまれる男が一人取り残される。
自分から切り出しておいて、何て傲慢なのだろう。
そんなことはどうでも良いです、そう言ってくれると期待していたのか。
私はそれでも貴方といたいと、そういう言葉を期待していたのだろうか。
何て愚かなのだろう。
戦争が始まった。日本は敵になった。
だから日本と仲良くするのはやめろ、縁を切れと上司に言われた。
言いなりになったわけではない、別に。
ただ、日本のほうも自分と仲良くしていたら迷惑がかかるのではないかと。そう思った。
だから、言っていた。
取り返しのつかないことだとわかっているのに、彼を捕まえようと伸ばした手が未練がましい。
その手を握り締めてテーブルにたたきつければ、ガチャンと食器が音を立てた。
透明な液体が散る。
目の前が滲んで、記憶の日本が霞んでいく。
嫌だ、嫌だ、消えないでくれ。
懇願するように心中で叫び、日本の出て行った戸のほうへと視線を向ける。
そこにはもう、日本はいない。
代わりにあったのは、透明なしみと滲んだ“ありがとう”を綴る手紙だった。