ラララ初恋サンセット
「あ、空が割れちゃう」
軋む車輪の音に合わせて、僕はふと気づいた。何が、と訊ねる彼の声がする。空が滲むようなピンク味を帯びて来た頃、大きな影と共に飛行機雲が空を切り裂くように真っ直ぐと伸びていた。それを暫く眺めていると、ふと、あの飛行機は一体何処へ行ってしまうのだろうか、と気づいた。ワイキキビーチ、リマ、ストックホルム、ベルリン、思い出せる都市の名前をあげては、目に見えない場所はどこか淋しげに転がってるように思えた。
僕を乗せて自転車を漕いでる染岡くんは、飛行機雲に気づいていないのか、ぶっきらぼうに僕にもう一度聞き返す。
なんでもないよ、と僕は小さな嘘をつく。
意味のない嘘を、僕は時々君にだけつく。意味はないのだけれど。その嘘が折り重なって行くうちに、僕の心臓はじわじわと溶けて行く。
「ね、染岡くんは知ってる?」
「なにがだよ」
「僕らあっという間に大人になるんだよ」
卒業したら、きっと僕ら一緒にいられなくなるね。一緒にサッカー出来なくなるかもね、廊下で君を目で追う事も出来ないね、ヤキモチを焼いて君を困らせることも出来ないね、こうやって今日みたいに一緒に帰れなくなるね、そう言ったら、君はそんなことないって言うだろうね。その言葉に意味がないことをお互い知っていても、君は優しいから言うのだろうね。大人になったらぼくらは僕らの周りをとりまく様々なことに気づいてしまう。悲しいね、こんなに悲しいことはこれからさききっとない。あったら困る。
君以上に好きな人が出来たら、僕はきっと困ってしまう。君以外の人間にこれ以上苦しむことなんてもうこりごりだ。
「…なんで怒ってんだよ」
「怒ってないよ」
「いや、怒ってるだろ」
「怒ってないってば」
「いや、絶対怒ってるだろ!」
「…」
「何怒ってんだよ」
「絶対言わない!」
君を困らせたい、君を怒らせたい、僕だけが。だけど僕はこれ以上の幸福なんていらないなんて君に言わない、僕は絶対に言ってなんかやらない。ねえ、もうすぐ夜になるよ、染岡くん。もうすぐ朝になってあっという間に僕らは大人になるね。車輪の軋む音がいつまでの僕のからっぽの心臓に響いてすこし、痛い。
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20110504 ラララ初恋サンセット
作品名:ラララ初恋サンセット 作家名:エン