ネクタイと帯と赤い糸
会議の始まる五分前、もはや公認となった一組のカップルが仲睦まじげに、じゃれあっていた。
「あ、寝癖ついてますよ。アーサーさん。」
「菊はネクタイ曲がってる。」
言うが早いか、菊は木製の櫛(くし)を取り出してアーサーの髪を梳かしていく。
アーサーはきくのネクタイへ手を伸ばし、直す。
まるで新婚夫婦のような光景に、周りの面々は顔を赤くしたり背けたりかと思えば興味津々に眺めたりしている。
ほほえましい、ほほえましいのだが・・・
「自粛しろ!」
俺は思わず叫んでしまった。
「どうしたんですか?そんなに声を荒げて・・・」
「会議5分前だ席に着け!」
「はあ、」
「何で邪魔すんだよ、ばかぁ!せっかく菊が梳かしてくれてんのにぃ」
ばかぁってガキじゃ有るまいし。
「でも、ある程度直ってますよ?」
その指摘は正しく、大方と言うよりか普段よりもましな位にまでなっている。
「べっ別に、もっと触られたいとかそんなこと・・・」
触られたいんだな!?というか他所でやれ。
「・・・アーサーさん。ダメです。」
と、菊が聞いたことも無い甘い声で静かに叱る。
これには、付き合いの一番長い耀も驚いていた。
あの、耳に心地よい低音に更に甘さが・・・よろめいている者まで居る。
「何が?」
きょとんと小首を傾げるさまは認めたくは無いが、可愛らしくて
昔に暴れまわっていたときの凶悪さはどこに置いてきた!?と思ってしまった。
天然にも程があるだろ。
「これ以上、あなたの可愛いところを見せたくは無いので。」
「な、菊まで俺がそっちの意味で言ったと思っている、!?」
アーサーが声を張り上げる、
が、その言葉は最後まで発音できなかった。
菊がふわりとアーサーを抱きこんだからだ。
そのまま、アーサーの耳元へ、自分の口元を近づけ何かを囁く。
何を言ったかは分からないが、アーサーが真っ赤に染まる。
「さぁ、はじめましょうか。」
結局、静かになったし会議は始められるのでおれは別にかまわないが
他の参加者はなんて囁いたのかとしつこく聞いたりしていた。
ぼくのご主人様は、意外と嫉妬深い。
恋人を溺愛しているらしく、その人の前では「頼りがいのある日本男児」でいるがその恋人が自宅へ帰っていくと、ぼくの世話をそっちのけでぼくに語りかける。
「まったく、あの人は。ご自分がどれほど魅力的かを理解していないなんて、ねぇポチ君」
わん、
ぼくは犬なので人間の言葉を話せない。
だから肯定の時には、一回。否定の時には二回吠えることにしてる。
「どれほど私がお慕いしているのかも知らずに・・・」
わん、わん
それは違うよ。
ご主人様が居ないとき、泣きそうになりながら帰りを待ってた。
まずいって言われてる料理をわざわざご主人様のところへ持ってきてくれるの何でだと思ってるの?
おいしいって、そういいながら食べてくれるのはご主人様だけなんだって言ってた。
それにね・・・
あの人、帯になりたいんだって。
ご主人様と一緒に居たいけど、ヒトの姿じゃ時間が無いからって。
それなら、愛されなくてもいいから帯になって寄り添って居たいんだって。
ほんと、人間の考えって複雑怪奇だね。
「った、いきなりどうしたんだよ?」
私は白く細いアーサーさんの指を噛んだ。
甘噛みなんて可愛いものではなく、血が出るほど強く。
案の定、白いアーサーさんの小指の上を綺麗な赤が滑るように垂れていく。
それを確認してから、私は自らの小指も同じくらいに強く噛む。
「おまえ、今日本当にだいじょう、」
血の流れる小指同士を絡める。
「菊!どうしたんだよ?」
「人体に流れる中で一番汚い体液は、何だと思います?」
「・・・、いきなりだな。」
「ねぇ、何だと思います?」
「さぁ、」
「精液でも尿でもなく、血なんです。」
アーサーさんは私の答えを聞いた途端に指を解こうとする。
「解かないで。」
切羽詰った私の声に彼が動きを止める。
「私は、あなたの全てを私の者にしたい。正も邪も浄も不浄も、だから。誓わせてください。」
「・・・しかたねぇなあ。後悔してもはなさねぇぞ。」
「ふふ、では・・・“指きり減万嘘ついたら針千本飲ます”」
「「指切った。」」
作品名:ネクタイと帯と赤い糸 作家名:でいじぃ