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箱 庭

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 レッド寮の一室には、見覚えのなかったものが置かれている。
「へぇ」
 思わず声を上げてしまった俺に、部屋の主……十代は不服そうな顔をして、
「何だよ、なに見てんだよ」
 と、聞き覚えがないようであるような言葉を返してくる。
 誰にも使われていない机の端にあったのは、寄せ植えされた鉢だ。この寮は男子寮で、こういった花を愛でるためにわざわざ植木鉢を用意するような生徒は珍しい。少なくとも、この部屋の唯一の住人には花が好きとか、そういった話題を聞いたことがなかったから余計に意外だった。
「十代って、花とか好きだったのか?」
「別に。……ただもらっただけだ」
 そういいながらも、一緒に置かれている水やりに使うだろうペットボトルの空き瓶には水が半分くらい入っていた。
「大事にしてるんだな」
「そりゃ、枯らしちゃまずいだろ」
 当たりすぎず、かといって当たらないわけでもない、そんな心地の良い日光と風を受けて、寄せ植えの緑の葉がさやさやと小さな音を立てている。中心に植えられている植物はもうすぐ花が咲くところだった。
「あれ、このつぼみは見覚えがあるなぁ」
 記憶の奥底に引っかかる形に首を傾げる。
「知ってるのか?」
 俺の反応に、十代は不満げな顔をひっこめて食いついてきた。
「名前はわからないけど、うちの家庭菜園のどっかにこんな花をみたと思うんだ」
 なんだっけかな。家に帰ればわかると思うんだけど。
「じゃあさ」
 十代が真剣な顔をしてこちらを見てくる。
「卒業したらこれ預かっててくれないか?」
 指さされた先には、件の鉢植えが風に揺れていた。



 俺の家には、小さいながらも家庭菜園がある。菜園って言っても野菜ばかりを作っているわけではない。花を植えたりもするし、水を引いて水草を植えているような人もいる。家の庭先だけではなく、国や市が運営している家庭菜園用の土地を借りている人も多い。
「これがあのときの寄せ植えをそのまま植えかえた奴」
「へえ……」
 狭い鉢植えに身を寄せあっていた植物たちは菜園の中でのびのびと育っていた。植えられたものが多年草がほとんどだったので、一年で枯れることなく、こうして元の持ち主と邂逅できたのは喜ばしいことだ。庭園のなかに置かれていたテーブルから見える場所に植えたおかげで景観もいい。テーブルに身体を預けながら植物を見ていた十代はその場にしゃがみこんで、大きくなった葉を指で撫でた。
「……トメさん、ここまで考えていたのかな」
 十代の口からぽつりと、鉢植えを贈った人物の名前が出てくる。そういえば、誰からもらったか、というのを聞いたのはこれが初めてだった。
「寮にひとりじゃ華がないだろうって置いてったとき、俺が育てても枯れないようなものを選んだってのはわかってたんだけどさ」

『ヨハンちゃんが持っていくのかい? ……いいよ』
 いつのまにか泊まっていた部屋の前に置かれていた鉢植えを持って帰国する際に、トメさんがどこか寂しそうにしていたのを思い出す。それで、これを贈ったのがトメさんだっていうのはわかっていた。
「俺も、ちゃんと育てられて良かったよ」
 なるべく手をかけられるときには手をかけたから、きちんとこうして花を咲かせ枯れずにいてくれた。俺としても、十代に贈った相手の気持ちを背負って責任重大だったんだ。
「で、これはなんて花なんだ? ……見たことはあるんだけど、ええっと……」
 初めて咲いた花を見た十代だったけど、それでも花の名前はわからないようだ。わからないというより、思い出せないのだろうか。
「ああ、それはな……」
 十代が住んでいた寮の色で咲いた花の名前を告げると、十代は思い出したように顔を輝かせた。
「それ、花壇に植えてあってレッド寮の色だって見てたときに、トメさんに教えてもらった花の名前だった!」
「レッド寮の色って……赤だろ」
「そうだけどさ」
 いいじゃないか、とむくれる十代の頭をぽんぽんと軽く叩いて、持っていたじょうろを渡す。
「お前から預かったやつなんだから、水やっていけよ。こいつらだって喜ぶからさ」
 十代は小さく頷いて、じょうろの水を花にかけはじめる。
「おお、虹が出来た!」
 水の軌跡に光が虹を作り出して、十代が歓声をあげる。虹は気になったけれど、俺はその声を背に菜園から食材を調達していた。
「水やったら、そっちで昼食作ろうぜ」
 空っぽのじょうろを片手で受け取った俺のもう一方の手には、野菜の乗ったかごがある。十代は「え」と目を丸くした。
「料理って……」
「そこの小屋に台所付いてるから、すぐに料理とか作れるんだよ」
「まじかよ! じゃあ、このテーブルって……」
「もちろん、外で食事したりお茶したりするためにあるんだよ」
 十代の口から妙な声が漏れた。俺の家にこんな庭園があったのがそんなに珍しいのかよ。
「あのな十代。このへんではこういう庭園持ってる家が普通だから。俺が金持ちとか、そういうのはないからな」
 俺の言葉に心の内を読まれた十代が違うと否定してくる。
「それに、料理は十代にも手伝って貰うんだから、早く来てくれよ」
 小屋に歩を進める俺に、十代は慌ててあとを追ってきた。そして、

「ありがとう、ヨハン」

 あの赤い花が咲いたような、笑顔を向けてきたのだった。
作品名:箱 庭 作家名:なずな